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【プロ野球】札幌が特別な場所になった日 元日本ハムの助っ人右腕が語る「日本愛」と「侍ジャパン世界一メンバーとのエピソード」

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton

 言うまでもなく、日本でプレーする助っ人外国人選手の多くはメジャーリーグ復帰を目指している。そんななか、昨年まで日本ハムでプレーしたドリュー・バーヘイゲンは違った。セントルイス・カージナルスで中継ぎとして活躍した2022〜23年の在籍中も、「もう一度日本に戻ってプレーしたい」という強い思いをたびたび口にしていた。

昨年まで日本ハムでプレーしたドリュー・バーヘイゲン(写真右)と妻のマケンナさん 写真は本人提供昨年まで日本ハムでプレーしたドリュー・バーヘイゲン(写真右)と妻のマケンナさん 写真は本人提供この記事に関連する写真を見る

【コロナ禍で深まった絆】

 2014年にデトロイト・タイガースでメジャーデビューしたバーヘイゲンは6年間プレーし、20年に日本ハムに移籍。2シーズンにわたって日本ハムのユニフォームに袖を通した。先発投手として通算207回2/3を投げ、13勝14敗の成績を残した。

 そんなバーヘイゲンだが、幼い頃から憧れてきたメジャーで再びプレーするチャンスをつかんだ後も、日本での経験について問われると、「また戻ってプレーしたい」と率直な思いを口にしていた。

 それは決してリップサービスではなかった。その思いを何より雄弁に語っているのが、2024年9月10日付で自身のX(旧ツイッター)に投稿した一枚の写真だ。当時、恋人だったマケンナさんにプロポーズする、幸せに満ちた瞬間が収められていた。

 バーヘイゲンが人生の新たな門出の場として選んだのは、北海道神宮(札幌市)だった。

「ファイターズで最初にプレーしていた頃、北海道神宮のすぐ隣に住んでいました。きれいな池があり、立派な木々に囲まれ、桜も本当に美しい。自然に恵まれた、最高の場所でした。以前、その場所をマケンナに案内したところ、彼女もすごく気に入ってくれて、よくふたりで散歩をしたりしていました。プロポーズを計画した時、ふたりにとって特別な場所でやりたいと思ったんです。もちろん、アメリカのどこかで......という選択肢もありましたが、やはりふたりが大好きな札幌がいいと思ったんです」

 札幌がバーヘイゲンにとって特別な場所になった背景には、孤独のなかで過ごした最初の2年間がある。新型コロナウイルス禍が始まった2020年に来日したものの、その間、マケンナや家族など、大切な人たちは誰ひとりとして日本を訪れることができなかった。異国の地で空虚な日々を過ごすなか、札幌への親しみが次第に芽生え、やがて深まっていった。

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著者プロフィール

  • ブラッド・レフトン

    ブラッド・レフトン

    1962年、米ミズーリ州セントルイス生まれ。地元ラジオ局で大リーグ取材に携わった後、92年ミシガン大学で修士号取得。その後、NHKの番組制作に携わるため来日。96年に帰国。現在、日米両国の雑誌やテレビでフリージャーナリストとして活躍中。日本人メジャーリーガーや日本でプレーする外国人選手の取材を積極的に行なっている。

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