検索

「草食動物」の髙橋隆慶と「クソ生意気」なケニー石川 明秀日立・金沢監督が語る対照的な成長が導いたプロへの道 (5ページ目)

  • 高木遊●文 text by Takagi Yu

「お父さんが後輩だったこともあり、けっこう怒られましたね(笑)。でも、今となってはそのすべてが生きていますし、感謝しています。とくに人間性の部分ですね。主将を任せてもらい、喜怒哀楽が激しいと言われていましたが、そのなかで成長できたと思いますし、大人になった部分もありますね」

 高校時代は、来秋ドラフト候補に挙がる右腕・猪俣駿太(東北福祉大)とともに投手陣の二枚看板を形成。左腕としてマウンドに立つ一方、打線では左の中軸を担い、投打二刀流で活躍した。明秀日立を、史上初となる春夏連続の甲子園へと導いた。

【アメリカ行きという決断】

 その後は亜細亜大に進学し、1年生ながら4番を任され、現在はアメリカの大学球界でも二刀流として活躍中。昨季はシアトル大で迎えた1年目から存在感を示し、その実績が評価され、アメリカの大学野球最高峰のカンファレンスであるSEC(サウスイースタン・カンファレンス)に所属する名門・ジョージア大への転校を勝ちとり、今季から同校でプレーしている。

 どんな環境でも活躍ができるのは、その天真爛漫な性格が大きいと金沢監督は考える。

「少し油断すると、ヘラヘラと僕をからかってきますが、目つきをパッと変えればピリッとなりますね。まあでも、そもそも僕のことをからかってくるのは、坂本勇人とケニーくらいですが(笑)」

 そんな石川だが、亜細亜大からシアトル大への転学を報告しにきた際は一喝したという。石川も金沢監督も信頼を寄せていた生田勉監督が、1年途中で退任。以降、石川は出場機会を大きく減らしていただけに、その決断に至った気持ちは理解できた。それでも、言うべきことは言う。厳しい口調で思いを伝えた。

「『もう決めました』という感じで報告に来たので、『それは違うだろう』と親も含めて怒りました。筋道があって、私からも亜細亜大にひと言言わないといけませんし、現在指揮を執られている正村公弘監督も古くから知っている方。大学に対してないがしろにはできませんから」

 そのうえで、「アメリカへ行きたい」という意思を頑なに貫く石川の姿を見て、金沢監督は正村監督に謝罪。最終的には、石川の背中を押した。

5 / 6

キーワード

このページのトップに戻る