天然エピソードの裏に眠る怪物の才能 大谷翔平・菊池雄星に劣らぬ資質と評された男・西舘勇陽が巨人のドラ1になるまで
ダイヤの原石の記憶〜プロ野球選手のアマチュア時代
第30回 西舘勇陽(巨人)
普段から口数が多い方ではない。多くを語ろうとしない分、どこかつかみどころがないように映る時もあるのだが、温厚でマイペースな西舘勇陽(巨人)には、数々の逸話がある。
花巻東時代の西舘勇陽 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【菊池雄星や大谷翔平に匹敵するポテンシャル】
たとえば、岩手の花巻東高校時代。腰痛の治療で県内の病院へ向かった時のことだ。
早朝に野球部寮を出発した西舘は、路線バスで目的地へ向かったが、車中でウトウト......。眠り込んでしまい、降りるはずの停留所を過ぎて終点まで行ってしまった。予約していた午前の診察には間に合わない。そこで西舘は「午後に行こう」と考え、病院近くの駅に着くと待合室で再び目を閉じた。
一方、病院から「来ていない」と連絡を受けた野球部関係者が西舘を捜索。携帯電話は電源が切れており、連絡もつかない。ようやく見つけ出した時、西舘は待合室のベンチで熟睡していたという。
そんなマイペースな一面もありながら、野球に秘めた能力は誰もが認めるところだった。西舘が高校在学中、花巻東の佐々木洋監督は彼をこう評していた。
「西舘は、まるで指先に目がついているような投げる感覚と器用さを持っていて、多彩な変化球を投げます。指先の感覚は、歴代エースのなかでもトップクラス」
2026年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場した同校OBの菊池雄星(エンゼルス)や大谷翔平(ドジャース)と比較しても遜色がないほどに、投手としての資質は高いレベルにあった。
【高校卒業時に誓った「4年後、ドラフト1位」】
フィジカルの強さも際立っていた。岩手県北部の一戸町出身の西舘は、少年時代にクロスカントリースキーやマラソンを得意としていた。足腰や広背筋の強さは、そうした経験によって培われたものだ。花巻東時代についても、「走力やパワー系の動きはすごかった」と証言する関係者は少なくない。
さらに、西舘が高校2年の夏から定期的にチームを指導していた、現在はウエイトリフティング女子日本代表監督を務める冨田史子ストレングスコーチの存在も大きかった。もともと備わっていたポテンシャルは、高校でさらに磨かれていった。
著者プロフィール
佐々木亨 (ささき・とおる)
スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。



























