中田翔、小笠原慎之介、福敬登が示す「野球人の使命」とチャリティ活動の舞台裏 アフリカ支援からヘアドネーションまで
ロベルト・クレメンテのDNA〜受け継がれる魂 (全10回/第7回)
命を懸けて困っている人を救おうとしたロベルト・クレメンテの精神は、遠く離れた日本の球団にも、静かに息づいている──。中日ドラゴンズの通訳として選手たちと日々接するなかで加藤潤氏が見てきた、彼らの知られざるチャリティ活動とは。
タンザニア野球・ソフトボール連盟に寄贈された小笠原慎之介の野球バッグ photo by Kato Junこの記事に関連する写真を見る
【小笠原慎之介の心を動かしたドミニカ共和国の光景】
「神様っていないね」
ナゴヤ球場の室内練習場の一角で、中田翔がつぶやいた。この連載の構想を語るなかで、クレメンテの生涯について話した時の反応だった。異国の地で困難にあえぐ人々を救おうとし、自らの命を失った。その話を聞いた中田が「神なんていない」と漏らしたのも、無理のないことだった。
ここでふと思った。ドラゴンズにも、チャリティ活動に力を入れている選手が何人もいるではないか。彼らに聞いてみたいことは、山ほどある。どんな想いで活動に取り組んでいるのか。始めたきっかけは何だったのか。周囲の反応や、取り組むなかで見えてきた課題は......。彼らの話を聞くことは、きっとクレメンテの遺した想いを、より深く理解することにもつながるはずだ。
まず話を聞いたのは、ドラゴンズからワシントン・ナショナルズへと旅立った小笠原慎之介だ。彼はかつて、アフリカのブルキナファソに野球支援を行なったことがある。なぜそうしようと思い立ったかと問うと、数年前に訪れたドミニカ共和国で見た光景がきっかけだという。
子どもたちが、木の棒でボールのようなものを打っていた。道具も満足に揃わない環境のなか、それでも野球に夢中になっている少年たちの姿を目の当たりにし、小笠原のなかで「自分にも何かできないか」という思いが芽生えた。
一昨年の12月、私はタンザニアを訪れた。その目的のひとつが、現地の野球少年たちに用具を届けることだった。その際、小笠原の野球バッグをタンザニア野球・ソフトボール連盟に寄贈した。バッグの中には、私が使っていなかったドラゴンズのシャツやソックスを、これでもかというほど詰め込んだ。
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著者プロフィール
加藤 潤 (かとう・じゅん)
1974年生まれ。東京都出身。中日ドラゴンズ通訳。北海道日本ハムファイターズで通訳、広報、寮長に就いたのち、2011年から現職。シーズン中は本業をこなしながら、オフには海外渡航。90ヶ国を訪問。稀に文章を執筆。過去にはスポーツナビ、中日新聞、朝日新聞デジタル版に寄稿。またコロンビアのTV局、テレメデジンとテレアンティオキアに話題を提供。現地に赴き取材を受ける










