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「クレメンテと話さなければ、今の活動はなかった」 村上雅則が知った「社会のために生きる」という使命 (4ページ目)

  • 加藤潤●文 text by Kato Jun

 村上氏の答えは予想されたものだった。それでも本人の口から聞くことに意味がある。

「彼と会って話しをすることがなかったら、いま行なっている活動をすることはなかっただろうね」

 直接話したのは一度だけ。それでもクレメンテは村上氏の人生に多大な影響を与えた。

 クレメンテは享年38歳。40歳を目前に控えながらも、惑うことなく行動した。論語における40歳の「不惑」は広く知られているが、では50歳は何と言うのか──それが「知命」である。孔子の教えに従えば、村上氏は50歳の節目に自らの天命を知ったのだろう。慈善活動が今日まで続くライフワークとなっているのだから。

つづく>>

ロベルト・クレメンテ/1934年8月18日生まれ、プエルトリコ出身。55年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビューを果たし、以降18年間同球団一筋でプレー。抜群の打撃技術と守備力を誇り、首位打者4回、ゴールドグラブ賞12回を受賞。71年にはワールドシリーズMVPにも輝いた。また社会貢献活動にも力を注ぎ、ラテン系や貧困層の若者への支援に積極的に取り組んだ。72年12月、ニカラグア地震の被災者を支援する物資を届けるため、チャーター機に乗っていたが、同機が墜落し、命を落とした

著者プロフィール

  • 加藤 潤

    加藤 潤 (かとう・じゅん)

    1974年生まれ。東京都出身。中日ドラゴンズ通訳。北海道日本ハムファイターズで通訳、広報、寮長に就いたのち、2011年から現職。シーズン中は本業をこなしながら、オフには海外渡航。90ヶ国を訪問。稀に文章を執筆。過去にはスポーツナビ、中日新聞、朝日新聞デジタル版に寄稿。またコロンビアのTV局、テレメデジンとテレアンティオキアに話題を提供。現地に赴き取材を受ける

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