【高校野球】0対7からの大逆転、選抜王者・愛工大名電を撃破... 熱血教師・吉田洸二が公立校・清峰で起こした歴史を変えた夏 (4ページ目)
その後、清峰は今村猛(元広島)を擁して、2009年春の選抜で優勝を飾る。名将の予言は的中したのだった。
2005年夏の清峰は、3回戦で大阪桐蔭に1対4で敗れた。辻内崇伸(元巨人)、平田良介(元中日)、中田翔(元日本ハムほか)を擁した大型チームだった。西谷浩一監督は吉田監督と同学年であり、のちに同期会で親交を深めることになる。
【山梨に来てからは苦しいしかない】
21年前の夏について、吉田監督は「とにかく楽しかった」と総括する。そして、ポツリとこんな本音を漏らした。
「その後も甲子園はいつも楽しかったんです。でも、山梨に来てそれが真逆になりました。ずっと『苦しい』しかない」
公立校を立て直して甲子園に導くことと、強豪私立校を勝たせることは、別種の戦いなのだろう。
2013年に山梨学院の監督に就任した吉田監督は、その後、長男の健人が学生コーチ、さらに野球部長として加わり、親子で指導タッグを組んで実績をあげてきた。2023年春には山梨県勢初の甲子園優勝を達成。2校で甲子園優勝に導いた監督は、吉田監督で4例目になる。
長崎での教員生活を振り返って、吉田監督は「先生らしいことができたのかわからない」と意外な心境を明かした。
「山梨に来てからのほうが、先生らしい指導ができるようになったと思うんです。選手が失敗しても、長い目で見られるようになった。長崎ではただひたすら突っ走ってきたので、あれが子どもたちにとってよかったのかわからないんです」
そして、吉田監督はひと息ついてから、こう続けた。
「でも、我ながらあの情熱だけは褒めてやりたいです。あの熱量はもう出せないし、フル放出したからといって、必ずしもプラスになるかどうかもわからない。でも、いま振り返ってみると、とんでもないことをやってしまったんだなと思います」
甲子園で公立校が優勝したのは、2009年春の清峰が最後である。
生徒指導の手腕を買われたはずの熱血教師は数々の出会いを運命に変え、歴史に残る奇跡を起こしてみせた。
著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。
フォトギャラリーを見る
4 / 4














