【高校野球】0対7からの大逆転、選抜王者・愛工大名電を撃破... 熱血教師・吉田洸二が公立校・清峰で起こした歴史を変えた夏 (2ページ目)
閉会式を終え、長崎市内から清峰高校のある佐々町まで約2時間をかけてバス移動。町民体育館に入ると、世界が一変していた。
「扉を開けた瞬間、『うわ〜っ!』と狂喜乱舞する町のみなさんの姿があって。監督からひと言どうぞと言われて『みなさんこんにちは』と言っただけで、拍手喝采。人生であれほどの拍手を浴びたのは初めてでした。あの光景は一生忘れません」
【選抜王者に無欲の大金星】
喜びも束の間、すぐに甲子園はやってくる。初めての甲子園の景色は、どのように見えたのか。そう尋ねると、吉田監督は意外なエピソードを語り始めた。
「じつはその1年前に、甲子園の試合を見にいっていたんです。上甲さん(正典/元済美監督)に憧れて、自分も指導スタイルを変えようかと思っていた時期で。切符売り場に並んでいたら、熱心な高校野球ファンの方から『清峰の吉田監督ですか?』と声をかけられて、済美ベンチ横の最前列の席で試合を見させてもらったんです(当時の甲子園は自由席)」
一世を風靡した「上甲スマイル」の本質を学ぼうと身構える吉田監督だったが、意外なことが起きた。突然、上甲監督がスタンドの吉田監督に話しかけてきたのだ。
「どこから来たの?」
「長崎で高校野球の監督をしています」
「へぇ〜」
たったそれだけの会話だった。それでも、吉田監督にとって雲の上の存在と同じ空気を吸った、貴重な経験だった。
組み合わせ抽選の結果、清峰の初戦の相手は愛工大名電(愛知)に決まった。同年春の選抜王者である。
吉田監督は満面の笑顔で当時を振り返る。
「『名電だけは引くなよ』と言っていたのに、引いてきたから爆笑でしたよ。もちろん『勝とう』なんて思っていないし、『いい試合をしよう』とも、『みっともない試合だけは避けよう』とも考えていませんでした。ただ、もう二度と出られないのだから、人生最後の甲子園を楽しもうという思いだけでした」
愛工大名電はタレント揃いだった。投手は齊賀洋平(元JX−ENEOS)、十亀剣(元西武)がおり、野手には柴田亮輔(元オリックス)、堂上直倫(元中日)と全国区の選手が並んだ。さらに、当時の愛工大名電のお家芸は、徹底したバント戦法。清峰はエースの古川がフィールディングを苦手としており、相性が悪い相手だった。
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