【高校野球】県大会初戦敗退で「辞めます」も、理事長が一喝 神村学園・小田監督を変えた"あの夏の真実" (2ページ目)
その言葉に、小田は我に返った。自分の責任だというのは独りよがりな考えに過ぎず、この敗戦はひとつの分岐点であり、自分自身を変えるためのいいきっかけだと捉えるようになった。
「それ以降は、試合前の言葉や表情を意識するようにしています。あの学年が唯一、3年間で甲子園に出場できなかった学年だと思うと、申し訳ない気持ちはありましたし、自分の監督としての未熟さも痛感しました。でも......あの1回戦負けがなければ、その後の結果(23年、24年の甲子園ベスト4)はなかったと思っています」
【敗戦を乗り越えた先にあった逆転劇】
勝って学べるに越したことはないが、敗戦から得られるものもある。苦い経験は、小田大介という指導者の思考をさらに深めた。だが、ここから順調にサクセスストーリーを描けたわけではない。結果的に甲子園ベスト4まで勝ち進んだ23年夏も、その始まりは決して順風満帆ではなかった。
「川内高校との初戦。8回まで0対1でリードされていて......。前年のことが頭をよぎりました(苦笑)。2年連続で県大会初戦敗退なのかと。でも、嫌なイメージにとらわれるより、今こそ昨年の経験を生かすべきだと思いました。あの時の理事長先生たちの言葉もあったので、何とか残りのイニングでいいパフォーマンスを発揮しよう、という気持ちになりました」
9回表の攻撃で、神村学園は一死一、三塁のチャンスをつくった。「以前なら打てのサインを出していた」と小田監督は振り返るが、代打を送り、初球スクイズで同点に追いついた。
「あのチームは、1点にこだわる采配をキャプテンの今岡(歩夢)とずっと話し合ってきました。監督である以上、言葉や采配で示さなければいけないと思ったんです」
そこから一気に3点を挙げて逆転勝ちし、甲子園出場へとつながった。
以降、神村学園は毎年、春か夏のいずれかで甲子園に出場している。現チームも、前評判は決して高くなかったが、昨秋の九州大会でベスト4入りを果たした。
「現チームも、昨夏の甲子園を経験している選手はいますが、能力が高いわけではありません。今年の神村学園は厳しいだろうと見る人のほうが多かったのではないでしょうか」
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