【高校野球】沖縄尚学・末吉良丞、苦悩の先に見えた復活のシナリオ「甲子園という場所でポテンシャルを引き出してもらった」
会心の投球ではなかった。チームは敗れた。試合後には反省の弁が口をついた。
それでも、末吉良丞(沖縄尚学)が甲子園で見せたパフォーマンスは「希望」と言ってよかった。
指導する比嘉公也監督はこう証言する。
「ずっと135キロも出ない日々が続いていましたから。去年の秋や年末から考えると、さすがだなと。よく悪いなりにまとめたと思います」
帝京に初戦敗退を喫した昨年夏の優勝投手、沖縄尚学・末吉良丞 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【落ちるところまで落ちた】
末吉は第98回選抜高校野球大会(センバツ)の目玉選手のひとりに数えられていた。昨夏に2年生ながらエースとして甲子園優勝を成し遂げ、本来であれば最速150キロを計測するドラフト上位候補である。
だが、昨夏以降は長いトンネルに入ってしまう。コンディションが悪いわけではないのに、ボールが走らない。末吉はもがき苦しんだ。
夏がピークだったのではないか──。そんな雑音も本人の耳に入っていた。
選抜開幕前、末吉は自嘲気味にこう語っている。
「ただの勘違い野郎でした。夏が終わってから、『期待に応えよう』と、周りをうかがって、過剰に反応していました。『自分はこうでなくちゃいけない』と、できないことまでやろうとして」
冬場も状態は上がらなかった。末吉は「落ちるところまで落ちました」と明かしている。
沖縄尚学は3月19日、帝京との選抜開幕戦を戦った。帝京は16年ぶりのセンバツ出場ながら、昨秋の東京大会でチーム打率.354、7本塁打を放った強打線である。
一方、沖縄尚学は末吉、新垣有絃(あらかき・ゆいと)の左右二枚看板を擁するとはいえ、昨秋は九州大会ベスト8で敗退。九州国際大付が明治神宮大会で優勝して九州地区の出場枠が5に増えたため、選抜出場校に滑り込んだに過ぎない。
末吉の状態を思えば、帝京打線の餌食になっても不思議ではなかった。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。













