【高校野球】沖縄尚学・末吉良丞、苦悩の先に見えた復活のシナリオ「甲子園という場所でポテンシャルを引き出してもらった」 (2ページ目)
【ごまかしながら投げていた】
それでも、末吉はスコアボードに0を並べた。4回以降は毎回得点圏に走者を背負う、苦しい内容だった。末吉とバッテリーを組む山川大雅はこんな感想を語っている。
「末吉ならもっといける感じはしたんですけど、それでも粘り強く抑えたのはさすがだなと」
この日の最高球速は147キロ。高めのストレートで空振りを奪うシーンも目立った。ただし、末吉本人にとっては不本意なボールが多かったという。
「高めにふかしてばかりで、指に強くかかっていませんでした。どうにかごまかしながら、やっていた感じです」
三塁側ベンチから投球を見守っていた比嘉監督も「真っすぐの質があまりよくなかった」と振り返る。
「リリース時にボールを指で押さえ込めていない。指先が伸びた状態で投げている感じがしました」
比嘉監督自身、現役時代は左投手として活躍した。1999年春のセンバツでは沖縄尚学の背番号1を背負い、沖縄県勢として初めての甲子園優勝を経験している。
比嘉監督は左投手特有の「シュートハイ」という軌道を大切にするよう、末吉に指導してきた。右打者の外角高めに向かって、シュートしながら浮き上がる球筋だ。昨夏に末吉が甲子園で勝てた要因のひとつにシュートハイがあったのは間違いない。しかし、帝京戦の末吉のシュートハイは、比嘉監督を満足させる質ではなかった。
「今日は高めのボールゾーンからボールゾーンへ浮き上がる球でした。相手打線に振ってもらって助かっただけです。いいリリースポイントで離せていたら、ストライクゾーンから浮き上がってボールゾーンに収まる軌道になるはずです」
【開幕試合で帝京相手に初戦敗退】
それでも、末吉は120キロ台のチェンジアップで、巧みに帝京打線のタイミングを外した。昨夏まではスライダーとフォークを得意にしていたが、末吉は「チェンジアップでピッチングの幅が広がりました」と語っている。
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