【プロ野球】戦力外を乗り越えたヤクルト・増田珠の逆襲 「どこからも声がなければ語学留学するつもりだった」
ヤクルトの増田珠(しゅう)は、3月27日のDeNA戦(横浜)でプロ9年目にして初の開幕スタメン出場を果たし、「めちゃくちゃ楽しかったです」と笑顔を見せた。「コツコツ頑張ってきたことが報われたのかな」と振り返るように、これまで緩やかだった成長曲線は今、大きく上昇している。
「開幕戦というのは特別な日ですし、ましてや5番という打順でグラウンドに立てた。これまで苦しいことやつらいこともたくさんありましたが、あの時にあきらめず、野球から逃げなくて本当によかったと思いました」
次々とキャリアハイを更新しているヤクルト・増田珠 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【ホークスで培った1打席にかける思い】
増田は2017年のドラフト3位で横浜高からソフトバンクに入団。2年目には一軍デビューを果たしたが、そのオフに右手首を手術。その後は故障と向き合いながら少しずつ一軍での出場機会を増やしていったものの、2023年オフに戦力外通告を受けた。
「戦力外になった時、もしどこからも声がかからなかったら、海外へ語学留学しようと思っていて、親にも相談していました。でも、ヤクルトに入団することができた。野球の神様が、『まだ野球を頑張れ』と言ってくれたのかなと思いました」
ヤクルト移籍1年目の2024年は52試合(先発17試合)。昨年は75試合(先発19試合)に出場して代打打率.350記録するなど、コツコツと数字を伸ばしてきた。
「戦力外からのスタートでしたから、与えられるチャンスは決して多くありません。その限られた機会のなかで結果を残さなければ道は開けないという気持ちでやってきました。1打席にかける思いや、勝負に臨む気持ちの強さは、ソフトバンク時代に培うことができたと思いますし、それがヤクルトでも生きているのかなと思います」
今オフは「スタメンで試合に出たい」という強い思いを胸に、これまで控えていたウエイトトレーニングを解禁した。
「この2年間、何試合かセンターを守らせてもらいました。慣れないポジションだったこともありますが、自分の脚力では少し厳しいのかなと感じたんです。チームには足の速い選手がたくさんいますし、その選手たちと同じ土俵で勝負して勝とうとするのは簡単ではありません。そう考えた時に、僕は右打者ですし、馬力や出力を上げて長打を増やしていくことが、自分の生きる道なんじゃないかと」
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著者プロフィール
島村誠也 (しまむら・せいや)
1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。



























