「だるま左腕」の奇跡 荘司宏太が七転び八起きで切り拓いたセ・リーグ新人王までの道のり
ダイヤの原石の記憶〜プロ野球選手のアマチュア時代
第20回 荘司宏太(ヤクルト)
東京都八王子市にグラウンドを構える社会人野球のセガサミーでプレーしていた荘司宏太の愛称は「だるま」だった。2025年シーズンまでチームを率いた西田真二前監督(元広島)が命名したものだが、そのニックネームは、まさに言い得て妙だ。
セガサミーから2024年のドラフトでヤクルトから3位指名を受けた荘司宏太 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【不思議な縁が導いたセガサミー入り】
七転び八起きの野球人生である。「ただでは転ばない男」は、3度の練習参加を経てセガサミーへの入社を勝ち取った。荘司がセガサミーに在籍した2023年からの2年間、専任の投手コーチを務めていた陶久亮太(すえひさ・りょうた/現コーチ兼任投手)が振り返る。
「荘司は、もともとカーブとチェンジアップがいい左腕でした。ただ、1回目と2回目の練習参加時はストレートが135〜140キロの間で『もう少し球速がほしいよね』という印象でした。決め手に欠くなかでの3回目の参加時に、実戦形式のマウンドで140キロ台中盤から後半のストレートを投げたんです。ストライク率もまずまず。そこでやっと、チームとしても『よしっ、いける』となりましたね」
打者6人と対峙し、2イニングをパーフェクトに抑えたことが評価されて、セガサミー入りが決まる。国士舘大4年の夏前あたりのことだった。
「4回目はなかったと思うので、やはり縁があったんですかね」
感慨深い表情を浮かべる陶久は、当時をそう振り返るのだ。
八王子市出身である荘司の実家は、セガサミーのグラウンドまで車で10分ほどの場所にある。学童野球をやっていた頃の荘司は、地域の学童チームが多く参戦する「セガサミーカップ」という大会にも出場したことがあった。荘司がセガサミーのユニフォームを着ることになったのは、なんとも不思議な縁とも言えるだろうか。
セガサミーでの1年目は、苦しさと悔しさが交差するスタートだった。ストレートの球速が上がらず、球威がないからチェンジアップなどの変化球も生きてこない。5月末から6月上旬にかけて行なわれた都市対抗野球大会東京都二次予選までは、スタンドでビデオ係を務めるなど裏方にまわることが多かった。
令和に蘇る怪物・江川卓の真実。
光と影に彩られた軌跡をたどる評伝が刊行!!
『怪物 江川卓伝』 (著・松永多佳倫)
2025年11月26日(水)発売
作新学院高校時代から「怪物」と称され、法政大学での活躍、そして世紀のドラフト騒動「空白の一日」を経て巨人入り。つねに野球界の話題の中心にいて、短くも濃密なキャリアを送った江川卓。その圧倒的なピッチングは、彼自身だけでなく、共に戦った仲間や対峙したライバルたちの人生までも変えていった。昭和から令和へと受け継がれる"江川神話"の実像に迫る!

内容
はじめに
第一章 高校・大学・アメリカ留学編 1971〜1978年
伝説のはじまり/遠い聖地/怪物覚醒/甲子園デビュー/魂のエース・佃正樹の生涯/不協和音/最強の控え投手/江川からホームランを打った男/雨中の死闘/江川に勝った男/神宮デビュー/理不尽なしごき/黄金時代到来/有終の美/空白の一日
第二章 プロ野球編 1979〜1987年
証言者:新浦壽夫/髙代延博/掛布雅之/遠藤一彦/豊田誠佑/広岡達朗/中尾孝義/小早川毅彦/中畑清/西本聖/江夏豊
おわりに
著者プロフィール
佐々木亨 (ささき・とおる)
スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。



























