【部活やろうぜ!】田中佑美「高校時代は"何か"と戦っていた」ストレスで鼻血を出したことも...
学校での部活を取り巻く環境が変化し、部員数減少も課題と言われる現在の日本社会。それでも、さまざまな部活動の楽しさや面白さは、今も昔も変わらない。
この連載では、学生時代に部活に打ち込んだトップアスリートや著名人に、部活の思い出、部活を通して得たこと、そして、今に生きていることを聞く──。部活やろうぜ!
連載「部活やろうぜ!」
【陸上】田中佑美インタビュー後編(全2回)
高校2年生になると、日本選手権に初出場を果たす。さらには、日本代表として世界ユースにも出場した。
「本当に目の前の試合を一つひとつ、という感じだったので、世界ユースも選考要項がよくわかっていなかったですし、狙っていたわけではありませんでした」
トップハードラーになっていった高校時代を振り返る photo by Miki Sanoこの記事に関連する写真を見る 活躍のフィールドが世界へと広がっても、決して高い野心を抱いていたわけではなかった。それでも、田中は大舞台になればなるほど力を発揮した。
「高校時代は、練習と試合とで(パフォーマンスの)差がかなり大きい選手でした。練習や試合の日のウォーミングアップでは、ハードル間のインターバルを3歩で走れないんですから。力が入らないんですよね。
でも、試合になったらやる気に満ちあふれて、記録がバンッと出る。かなりオンとオフが激しかったですね。どちらかというと、子どもの頃から、注目されたほうが力を出せるタイプでしたね」
そして、高2の夏、田中はインターハイでついに日本一に上り詰める。
「高2の時は、ひとつ上に藤森菜那さんっていう絶対的に強かった方がいたのですが、インターハイ予選はケガをされていました。藤森さん以外はどんぐりの背比べだって言われているのを聞いて、地区大会から全部の試合で勝つつもりでがんばりました。
ただ、インターハイでは、ほかの方々は背負っているものが違います。強豪校で期待されていて、その都道府県のエース。ずっと日本一を目指してきた選手ばかりです。そんな選手たちに対して、自分は『ぽっと出』という自覚がありました。
でも、自分のなかにはストーリーがあり、その主人公になりきって試合に向かっていました」
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著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

















