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【部活やろうぜ!】田中佑美「高校時代は"何か"と戦っていた」ストレスで鼻血を出したことも... (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

【宝塚歌劇団に入りたい夢は...】

 自分が思い描くストーリーのなかだけでなく、現実世界でも田中は主役になった。

「技術的な話をすると、高校の時の私は、ほかの選手よりもハードルを越える時のポジションが前だったんです。それって、精神的にかなり余裕が持てるんですよね。同じテンポで走っていると、私はほかの選手よりもちょっと前にいるので、周りが力んでしまうなか、私はスムーズに走りきれた。それが勝因だったと思います」

 当時のレースを冷静にこう振り返るように、初の日本一は決してフロックではなく、確かな根拠があった。

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 さて、高校2年生にしてインターハイを制した田中は、周囲からは当然「陸上の人」と見られるようになる。となると、「宝塚歌劇団に入りたい」という夢はどうなったのか。

 宝塚歌劇団に入団するには、まずは宝塚音楽学校に入学しなければならない。義務教育を終えると受験できるようになるが、田中は「高卒資格がほしかった」と言い、中学卒業の時点でその選択肢はなかった。

「宝塚を受験するにあたっては、いわゆるお受験スクールに通って、受験対策をして臨むのが一般的なんです。だけど入るからには、トップになりたかったんです。

 宝塚は、歌や踊り、芝居だけじゃなくて、華やかさみたいなものが大切なので、磨き上げられた状態でギリギリ入団するようではいけない。私にもし才能があれば、原石のまま受かるはずだと考えていました。ふざけた思考回路ですね。調子に乗っていました(笑)」

 そう息巻いていたのも今は昔。ひょんなことから、彼女は宝塚歌劇団入団の夢にフタをすることになる。

 実は高校2年生の時に、宝塚音楽学校の入学願書を取り寄せたことがあった。

「今でこそ、こんなふうに『宝塚が好きです』とか『宝塚に入りたかった』って言っているんですけど、当時は恥ずかしくて、周りには言っていませんでした。受験に必要な書類のひとつに健康診断票があって、かかりつけ医にお願いしなければなりませんでした。

 でも、小さい頃からお世話になっているドクターに『宝塚が好きなんです』ってカミングアウトするのがちょっと恥ずかしくて、足が重かったんです。すると、両親から『そんなこともできないようであれば、原石はダイヤにはならないし、あなたがそんな気持ちなんじゃ、こちらも応援できない』と言われてしまいました」

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