神野大地、大惨敗後の本音「マラソンも生きることもやめたくなった」 (4ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Sato Shun

 神野にしてみればきつくなった先の我慢になるのだが、びわ湖では16キロ地点で早くも試練が訪れた。だが、回復する気配はなかった。20キロ以降はほとんど足が上がらなくなり、「ゴールするのがやっと」という状態だった。青山学院大の後輩たちは次々とサブ10を達成し、かつて陸連のニュージーランド合宿をとも過ごした鈴木健吾は、2時間4分56秒で日本記録を叩き出した。

 これだけやってもうまくいかない。結果が出ない。マラソンを走ることに対して、積み重ねてきたものがガタガタと崩れていく気がした。

「プロランナーとして自信がなくなってきている」

 神野は自らの動画でそう語った。

 一方、昨年コーチ業から離れ、マネジメントに徹していた高木には、俯瞰(ふかん)していたからこそ見えたものがあった。

 神野が精神的なダメージを受けているなか、高木は神野とミーティングの場を設けた。マネジメント業をこなすかたわら練習についての報告は受けており、練習データも確認していた。レース結果や神野の現状も踏まえて、びわ湖に至るまでだけでなく、過去の神野の練習についてあらためて整理した。

 数時間に及んだ1対1のミーティングで、高木は自分の考えをストレートに伝えた。それは神野のコーチとなり、マネジメント業務をこなすなか、ここまでの取り組みを見てきたうえでのもので、非常に正直で、かつ厳しいものだった。

後編につづく>>

Profile
神野大地(かみの・だいち)1993年9月13日、愛知県生まれ。セルソース所属。中学で本格的に陸上を始め、中京大中京高校から青山学院大に進学。大学3年時には箱根駅伝往路5区で区間新記録を樹立し、"3代目・山の神"としてファンに親しまれる。大学卒業後は実業団のコニカミノルタに進んだのち、2018年5月にプロに転向。2019年にアジア選手権マラソンで優勝を飾る。現在は浜松に拠点を移し、世界大会での活躍を目指しトレーニングに励んでいる。

4 / 4

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る