たどり着いたのは「パラリンピアン、一ノ瀬メイ」という生き方 自分自身と向き合うことから始まった引退後の生活 (2ページ目)

  • 星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko
  • 村上庄吾●撮影 photo by Murakami Shogo

【言葉よりも伝えられる手段】

 スイマー時代から憧れていたモデルの仕事も今は積極的にこなしている。ファッション雑誌や広告で、自身のような片腕が短い人を見たことがなかったからこそ、自分が出ることで、「人と違うことも美しい」「一人ひとりにユニークな美しさがある」といったことを伝えられるのではないか、という思いもある。

 学生時代にはスピーチコンテストで全国優勝の経験もあり、言葉を使った発信はたくさん行なってきた。たとえば、「障害者」のような、できれば使いたくない言葉も使わなければならなかったり、言葉を使うことで誤解や分断が生まれたり、言葉だけでは伝えられることに限界があることも感じていた。

 泳ぐ姿で相手に何かを感じてもらえたように、モデルも言葉を介さずに表現で伝える手段として興味を持ち、言葉よりもインパクトがあるのではないかと思っていた。そして、次のステップとして、「モデルをやりたい」と言い続けていたら、少しずつ声がかかるようになった。

 そのモデルで手応えを感じた瞬間がある。

「私の短いほうの右手にも、ちゃんと爪があるのですが、ある現場のメイクさんが気づいてくれて、『じゃあ、塗ろうよ』って、当たり前のようにマニュキュアを塗ってくれたんです。その光景を俯瞰して見た時に、『新しい風が吹いているんじゃないかな。なんか、よくない?』って、うれしくなりました」

 パラアスリートや障害者モデルの特集ページに自分が出るのは障害者のために用意した枠を自分が埋めているだけでしかない。そうではなく、誰がやってもよい仕事に、自分が入ることにすごく意味があると思っている。

「私がナチュラルに、そこに存在する。それが理想としてきたことなんです」

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