人生は自転車とともにある。近谷涼は東京五輪のメダルへの一本道を進む (3ページ目)

  • 川原田剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi

 東京2020オリンピックまであと1年半余り。ナショナルチームに選ばれている近谷本人はもちろん、サポートする家族や企業、所属する「TEAM BRIDGESTONE Cycling」 など、すべてが「オリンピックでメダルを取る」という夢のために動いている。近谷は、周囲からのサポートに心から感謝し、みんなの期待に応えたいという使命感 に燃えている。しかし同時に強烈なプレッシャーや孤独を感じる瞬間もある......。それはオリンピックでメダルを期待されているアスリートの誰もが抱えている苦しみなのかもしれない。

「僕のやるべきことはシンプルです。オリンピックでメダルを取ること。その一本の道しか、僕の目の前にはありません。周囲は当然メダル獲得を期待してくれていますし、僕自身も自転車競技で自分を表現してみんなの期待に応えたい。だから、一本道を全力で走り続けるのですが、孤独な戦いでもあります」

 それでも近谷が、2020年へと続く一本道を全力で走り続けられるのは「自転車が好きだ」という気持ちがあるからだという。子どもの頃に自転車のサドルにまたがり、友だちと近所を走りまわった時の歓びが、今でも彼の原動力になっている。

「やっぱり自転車に乗っていると楽しいんです(笑)。僕はこれまで自転車、野球など、いろんなことに取り組んできました。とくに野球は小学校から中学まで、自転車と並行しながら続けてきました。将来は甲子園に行ってプロ野球選手になろうと思い、両親とプロ野球の試合を見に行ったことも何度かありました。だから高校に入る前は、野球で甲子園を目指すのか、自転車で可能性を見出すのか、すごく悩みました。でも結局、野球は自転車ほどがんばれなかったんです。

 野球の場合、学校での練習が終わって家に帰ってくると、ピッチングの練習や素振りをある程度こなすと、『もういいかな』と思って休んでしまいました。ところが、自転車はもっと強くなるためにはどうしたらいいのかと常に自分で考えて、練習することがまったく苦になりません。成長すると、それがうれしくて、さらに厳しい練習を重ねて自分の限界をこえていく......。それが楽しくて、高校3年間は自転車競技に打ち込みました。

 レベルは違いますが、今でもやっていることは一緒です。限界をこえると、さらにその先に行くためにはどうしたらいいかと自分で考えて、練習を積み重ねる。それを何度も繰り返しているうちに精神的にも肉体的に成長し、ここまで来ることができました。自転車と出会って本当によかったですし、人間的にも成長することができたと思っています」

 近谷は東京2020オリンピックを28歳で迎える。まさに自転車選手としてピークとなる年齢で、世界最高の舞台に立つことになる。こんな経験は誰もができることではない。だからこそ彼は、競技人生のすべてをかけて、自分の夢に挑戦する覚悟だ。

「僕のこれまでの人生、喜怒哀楽のすべてが自転車とともにありました。これからオリンピックまでの間に、僕の前にさまざまな困難や壁が立ちはだかると思います。でも、それらを乗り越えた時にまた人間としてひと回り成長できると信じていますし、その経験がオリンピック後の僕の人生にとって大きな糧になるはずです。ただ今は、オリンピックのメダルを目指して、自分の限界にチャレンジしていきます!」

「チーム ブリヂストン サイクリング」夢舞台への熱き想い

●プロフィール
近谷涼(ちかたに・りょう)
1992年4月17日生まれ。富山県出身、26歳。2018年全日本自転車競技選手権大会トラックレースにおいてチームパシュート・個人パシュート・マディソン優勝。2018年アジア自転車競技選手権大会トラックにてチームパシュートで優勝と共に日本新記録を更新。ワールドカップにおいても銀メダルを獲得。チームブリヂストンのアンバサダーもつとめる。

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