2019.01.17

稀勢の里が師匠の教えを胸に貫いた
「力士の美」「ラオウへの憧れ」

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Kyodo News

「我が土俵人生に一片の悔いなし」

“孤高の正々堂々”を貫いた横綱・稀勢の里が、土俵人生に幕を下ろした。

初場所4日目の1月16日に引退した稀勢の里 昨年11月の九州場所で4連敗を喫し、場所後に横綱審議委員会から史上初の「激励」勧告を受けた。退路を断たれた初場所は初日に御嶽海に敗れると、2日目に逸ノ城、3日目も栃煌山に寄り切られ3連敗。昨年9月の秋場所の千秋楽から、横綱としてワーストの8連敗という状況に追い込まれ、4日目の朝に引退届を日本相撲協会に提出した。

 2002年春場所に15歳で初土俵を踏んでから、愚直に歩んできた16年10カ月。引退届を提出した1月16日の午後に開かれた引退会見では、真っ直ぐ前を見据え、こう言った。

「横綱としてみな様の期待にそえられないということは、非常に悔いは残りますが、私の土俵人生において一片の悔いもございません。

(今場所に臨むにあたって)覚悟を持って場所前から稽古をしてきました。『これでダメなら』という気持ちになるくらい、いい稽古をしました。自分の中では悔いはありません」

 声は震えていたが、表情は清々しかった。漫画『北斗の拳』の登場人物であるラオウが残した名セリフ、「我が生涯に一片の悔いなし」を思い起こさせる言葉を繰り返し、心から愛する土俵に別れを告げた。

 ラオウへの傾倒は、2011年11月7日に59歳で急逝した先代の鳴戸親方(元横綱・隆の里)の影響だった。稽古場から日常生活に至るまで、常に「他の部屋の力士となれ合うな」「力士は孤独であれ」と叩き込まれてきた。

 その教えが、『北斗の拳』で孤高を貫き、強さを誇示するラオウへの憧れに拍車をかけた。横綱昇進時には三つ揃いの化粧回しを『北斗の拳』のキャラクターで制作。太刀持ちがケンシロウ、露払いがトキ、そして自らはラオウの化粧回しを身に着けるほど、その生き方を自らにダブらせた。

 先代は、生前に「勝っても負けても”正々堂々”を貫くことが力士の務めであり、それがファンの皆様にできる最大のファンサービス」と口にしていた。そして弟子には「勝っても負けても感情を表に出すな」と指導。横綱、大関を倒した後に呼ばれるインタビュールーム、支度部屋での言葉を報じる翌日の新聞記事にも目を光らせ、勝って浮かれる、負けて落胆するコメントを発していれば厳しく戒めた。そして、繰り返しこう訴えていた。

「一生懸命、稽古しても勝つときもあれば負けるときもある。大事なのは、その姿勢なんです。勝っても負けても正々堂々でなければいけません。それが力士の美なんです」