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【ミラノオリンピック】坂本花織から中井亜美へ 健闘を称え合う姿に見る「美しい世代交代」 (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki

【五輪で印象に残る景色】

 そして宮原自身は、浅田真央という太陽のような存在と入れ替わるように、時代のバトンを継いでいた。そこで、彼女の現役時代最後のインタビューで質問したことがあった。

――浅田真央さん以後、日本の女子フィギュアスケートを牽引してきましたが、勝者の愉悦の瞬間をひとつだけ挙げるなら?

 彼女は極めて彼女らしい答えをした。

「なかなかひとつに絞れないですけど、平昌オリンピック後のシーズン、NHK杯で2位だったんです。"オリンピックのあとだから気が抜けた演技はしたくない"と挑んだシーズンだったので、そこでいい練習ができて、しっかりメダルを取れたのは、"自分がつかんだ勝利だったな"って思っています」

 宮原は大きな大会でいくつもタイトルを取った。にもかかわらずGPシリーズ2位の試合を挙げた。彼女が誰かと戦っていたわけではなく、自分のスケートと向き合っていた証拠だろう。スケーターとして"滑ること"を純粋無垢に追求していた。

 それは宮原が受け継いだバトンをリレーした浅田真央も、伊藤みどりも、あるいは先達のレジェンドたちも、同じことが当てはまるのではないか。剣豪が人を斬るためでなく、剣の道と向き合ってたどり着く境地に似ている。そこに通底するのは、純真さと矜持という相克をなすものが、不思議と両立していることだ。

 つまり、宮原は純粋な愛だけをリンクに注いでいた。

――平昌五輪で思い出す景色があるとすれば?

 筆者は宮原にそう訊いたことがあった。 

「自分の場合、"オリンピックっていう本当に出たかった夢の場所に来られたんだ!"っていうことを、オリンピック会場で滑るたびに感じていました。大会前に入っての練習から、公式練習、練習、団体戦、個人戦って。長い期間中も、私は飽きずに。"オリンピック、楽しい!"っていう印象しかないですね。どれかひとつだけ景色を挙げるなら......ショートもフリーもですが、他の選手と並んでリンクに入ると、観客席の上に五輪マークが見えるんです。そこで、"本当に自分はオリンピックに来たんだな"って実感しました。だから思いつくとしたら、その風景ですね」

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