宇野昌磨「攻め続けたい」史上初の4回転フリップ成功、4回転5本構成......世界トップへの道のり
連載・日本人フィギュアスケーターの軌跡
第10回 宇野昌磨 前編(全3回)
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪を前に、21世紀の五輪(2002年ソルトレイクシティ大会〜2022年北京大会)に出場した日本人フィギュアスケーターの活躍や苦悩を振り返る本連載。
第10回は、2018年平昌五輪、2022年北京五輪に出場し、団体戦を含めて日本フィギュア界最多となる3つのメダルを獲得した宇野昌磨の軌跡を振り返る。前編は、急成長を遂げたジュニア時代からシニアのトップ選手への道のりをたどる。
2015年の世界ジュニア選手権で初優勝した当時17歳の宇野昌磨 photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る
【シニアデビュー前に大躍進】
ジュニア最後のシーズンだった2014−2015シーズン、宇野昌磨は4回転トーループとトリプルアクセルをプログラムに入れ、一気に飛躍した。
このシーズンの全日本ジュニア選手権はフリーのジャンプで4回転倒という悔しい内容ながら初優勝し、初進出のジュニアGPファイナルはショートプログラム(SP)3位からフリーで4回転トーループ1本とトリプルアクセル2本の構成をノーミスで決めて逆転優勝を果たした。
そして全日本選手権も、小塚崇彦や町田樹を抑えて羽生結弦の次ぐ2位になり、3回目の出場だった世界ジュニア選手権は日本人選手として羽生以来5年ぶり5人目の優勝を達成した。当時、宇野はこう話していた。
「世界ジュニアは(結果を)意識しないでおこうと思っていたけれど、周りからも期待されて『優勝しなきゃ』と考えてしまいました。フリーは4回転を跳ぶことさえできなかったなかで、ミスのあとをうまくまとめられたのはフリーでボロボロになりながらも優勝できた全日本ジュニアがあったから。以前だと『取り戻さなければ』と焦ってしまいましたが、ショートの貯金があることを意識できた。終わったあとも『失敗した』ではなく、『よかった』という感じでした」
全日本選手権2位という結果に、周囲からは「世界選手権代表に」との声も上がったが、「ケガが長引いていたので、僕が出てもなんの役にも立たなかったと思います」と宇野。世界選手権出場はなかったが、希望していたシニアの大会は四大陸選手権を経験でき、自己最高得点の256.45点で5位に入った。
充実したジュニアラストシーズンを終えた宇野。シニアデビューシーズンを控えた2015年6月のアイスショー「ファンタジー・オン・アイス」では、以前のジュニアらしい様子とは違う、立ち姿に力強さを感じさせる一変した雰囲気をまとっていて驚かされた。
そしてそのショーで演じた新SP『レジェンド』も、これまでとは違う荒々しさを感じさせる演技。とくに後半のステップシークエンスは激しい動きで、完成を楽しみにさせた。
「新しい4回転にも挑戦したいけれど、シニアでやっていくなかで僕に足りないのは、ジャンプ以上に表現力やスケーティング。これまで表現だけの練習はオフシーズンにちょこちょこやるだけでしたが、最近はしっかり時間を取っています」
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著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。


