【フィギュアスケート】王者マリニンに対抗する術は? 鍵山優真の高い芸術性にヒントがある (3ページ目)
【鍵山優真が見せた"ヒント"】
結局のところ、点数で対抗することに囚われるべきではないのかもしない。最終滑走の鍵山優真は、そのヒントを与えている。
鍵山はSPの『I Wish』でピアノとギターの音を拾い、気持ちが沸き立つような滑りを見せた。
冒頭の4回転トーループ+3回転トーループ、4回転サルコウと美しい着氷でGOE(出来ばえ点)も高得点を叩き出している。最後のトリプルアクセルも完璧なジャンプだった。曲のなかにジャンプが自然に入っていて、ひとつのプログラムとして物語性を感じさせた。
「スポーツなので点数は大事なんですけど、芸術面でも"ひとつの作品"として見られていることを意識しています。自分と見ている人たちでプログラムを完成させるというか。次は、もっと一番上にいるお客さんにまで届けられるように」
演技後、鍵山は語ったが、まさに作品性が高かった。旋律に乗って、観客と一体になるプログラムだったと言える。それはスコアにも結びつくはずだ。
もっとも、点数は98.58点で100点台に乗っていない。
「スケートを始めて、初めてスピンで0点を出してしまいました。最初のキャメルスピンのポジションに入れず、減速してしまって」
鍵山は言うが、暗さはない。父である正和コーチは、リンクサイドで笑みをこぼして迎えていた。
「父には『初めて見た!』と言われました。自分も、初めてやっちまったって(笑)。スピンは『できて当然』という気持ちで練習していて、そのうえでGOEを狙っているので、『あれ、何が起きたの』ってなってしまって。あり得ないミスでした。動揺は隠せなかったですが、トリプルアクセルも残っていたし、気持ちを切り替えてやることはできました」
痛恨のミスだが、今後に向けてはコントロールできることだけに深刻さはなかった。
「100点に届くには、やっぱり細かい積み重ねが大事なんだなってあらためて思いました。エレメンツを全部成功させる。それでプログラムの完成度も決まっていくはずで」
鍵山は言う。逆に言えばスピンが加点されていたら、少なくともSPはマリニンに対抗できる演技だった。ハプニングがなかったら、プログラム全体の臨場感も上がるはずだ。
現状、鍵山がベストを尽くし、ノーミスでも、マリニンとは互角だろうか。だからこそ、プログラムの物語性に勝機を求めるしかないのかもしれない。フィギュアスケートで求められる芸術性を貫くことで、たどり着ける境地があるはずだが......。
2022年10月、そのシーズンの世界選手権で最後にマリニンをひざまずかせた宇野は、暗示的にこう語っていた。
「マリニンのすごさは、4回転アクセルを跳ぶことだけじゃなくて、それ以外の4回転も跳べるところ。柔軟性があるからケガもしにくいジャンプで、無駄な力が入らず、ラクに安定して跳んでいる。これからどんどん伸びるはずで、1〜2年後は圧倒的選手になっていると思います」
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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