本田真凜が引退発表 最後の全日本で見せていた決断のサイン 戦い続けたヒロインの誇り (2ページ目)
【ヒロインがぶつかった壁】
本田は、フィギュアスケート界のヒロインだったと言えるだろう。
2016年世界ジュニア選手権で金メダルを獲得し、日本人選手史上7人目の快挙で注目を浴びた。可憐な容姿と関係者が「天才」と絶賛した表現力が、人気の両輪となった。
2016−2017シーズンには全日本で宮原知子らシニアに混ざって戦い、現世界女王の坂本花織も上回る4位に躍進。2017年世界ジュニアでは、のちに五輪で金メダリストになるアリーナ・ザギトワ(ロシア)としのぎを削り、銀メダルを受賞した。
「浅田真央以後のスター誕生」。2018年2月には平昌五輪も控えて、その将来が嘱望されていた。
しかしシニアデビューの2017−2018シーズンは、思ったような躍進を遂げられなかった。グランプリ(GP)シリーズは2戦とも5位で、GPファイナル進出を逃した。シニア1年目でGPに出場すること自体、異例の抜擢だったし、ルーキーとしては十分な成績だったが、「期待を裏切った」という声が広がる。全日本もジュニア時代より順位を落とした7位で、五輪出場権を逃した。
これで潮目が変わった。シニア2年目、2018−2019シーズンは大きく調子を崩した。全日本は15位に低迷。天才特有の壁に当たった。
「昔は人が何回もやってできることを、自分のなかではけっこうすぐにできてしまって。でも、できるのがいいことではなかったです。すぐにできるから、コツコツとジャンプを習得した選手よりも、安定しないというのがありました」
2019年のインタビューで、本田はそう打ち明けていた。
「(パズルにたとえるとピースが)ちょっとずつ組み立ててあるのが、バラバラにいるって感じです。考えてスケートをすることが今までなかったので。小さい時の感覚でなんでもできたのに、それがなくなって。ふだんの生活から、何でも考えて行動するようになりました。一つひとつの行動に対し、考えるようになった。おかげで少しはピースがそろってきているかな、と。粘り強く頑張っていきたいです」
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