【女子プロレス】上福ゆきが振り返る壮絶なアメリカ生活と、"巣鴨のレディー・ガガ"から東京女子のリングに上がるまで (3ページ目)
【流されるように辿り着いたプロレスのリング】
――芸能界は想像どおりでしたか?
上福 よくも悪くも想像どおりで、人脈で成り立つ世界だなと感じました。
――そこから、どのような経緯で東京女子プロレスに?
上福 グラビアで芽が出ず、マネージャーに「パンチが効いていて、努力が成果になるものをやりたい」と相談して、髙木さん(=髙木三四郎/当時はDDTプロレス社長)を紹介されました。面談するとトントン拍子に話が進み、裏ではデビューの計画が進んでいたみたいです(笑)。練習見学の初日からいきなり前転をさせられ、流されるまま片足を突っ込んでいました。
――格闘技経験がないなかで、恐怖心はありませんでしたか?
上福 恐怖というか、「絶対に無理だろう」と(笑)。でも、周りからは「デビューが近いんだから危機感を持て」と言われました。一瞬、お婆ちゃんがいる鹿児島あたりに逃亡しようかと考えたんですけど、「遠すぎるな......」と諦めて、腹を括りました。
――デビュー戦(2017年8月26日、のの子&瑞希戦)の記憶はありますか?
上福 ざっくりとは覚えていますけど、当時はとにかく必死でした。ただ、隣に頼もしいパートナーのまなせ(ゆうな)さんがいてくれたので、「先輩の技をしっかり受けることだけは全うしよう」と。プロレスのオーディションを受けている感覚でした。
【自ら掴み取ったバイク誌の表紙。そしてフリーへ転身】
――2019年3月、まなせ選手とのタッグで王座初挑戦した当時、ベルトへの欲はありましたか?
上福 まったくなかったです。チャンスを与えられて挑むスタンスだったので、ベルトという"形"よりも、まなせさんと一緒に目標に向かって頑張る過程に意味を感じていました。
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