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【プロレス】新生UWFの解散後、藤原喜明に舞い込んだ新団体設立のオファー「船木誠勝と鈴木みのるを引っ張れ」 (4ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【船木と鈴木に「なんでウソをつくんだ」】

 藤原は田中に対して、団体の道場について相談すると、「金は俺が出す」と即答されたという。

「それで、俺が知り合いの不動産屋さんに行ってな。『できれば足立区で、どっかありますか?』って聞いたら、ちょうどいい倉庫があったんだ。田中さんに電話したら、『よし、そこを借りろ』って決めてくれたんだよ。それだけじゃなくて、『来週、浅草のホテルで記者会見をするぞ』ってなってな。ビックリするぐらい、パッパッパって一気に決まったんだ」

 1991年2月4日、浅草ビューホテルで新団体の設立が発表された。UWF解散から旗揚げまでわずか2カ月のことだったが、藤原はあらためてこう強調した。

「何かのインタビューで、船木と鈴木が『藤原さんに来てくれって言われた』って言ってるのを見たんだよ。でも、さっきも言ったとおり俺が引っ張ったんじゃない。あいつらが『なんとかしてください』って頼むから、『おぉ、そうかそうか』ってなっただけ。

 だから、『なんでウソをつくんだ。お前らが俺のところに頼みにきたんじゃないか』って思ってたんだけどな......最近わかったのは、UWFが解散した時にふたりは空中(正三/ミスター空中)さんに相談しに行ったらしいんだよ。そうしたら空中さんが『藤原のところに行ったほうがいいぞ』って言ったらしいんだ。俺から『来い』と言ったことは絶対になかったよ」

 空中は、藤原が敬愛するカール・ゴッチの娘婿で、UWF時代からレフェリーを務めていた。新団体にも参加し、レフェリーと、外国人を招聘する役割を担った。

 そして、新団体名は「新UWF藤原組」(後に「プロフェッショナルレスリング藤原組」に変更)に決まり、3月4日、後楽園ホールで旗揚げ戦を迎えた。

(敬称略)

つづく

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