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【プロレス】第1次UWFの崩壊 スーパー・タイガーと前田日明の不穏試合に、藤原喜明は「いい試合だったよ。ただ......」 (4ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

 不満が表面化したのは、1985年9月2日、大阪府立臨海スポーツセンターでのスーパー・タイガーと前田の一戦だった。この試合で前田は、技をほとんど受けず一方的に攻めまくった。結果は、前田が急所蹴りによる反則で敗れた。今も"不穏試合"として語られるこの一戦を藤原は、こう見ていた。

「俺から見たらいい試合だったよ。ただ、素人にはわからなかっただけの話だ。試合だから、何があったっておかしくない。相手を半殺しにするために練習をやっていたからな。俺たちがやっていたのは競技じゃないんだよ」

 佐山と前田の不穏試合から9日後の9月11日、後楽園大会を最後に第一次UWFは活動を停止する。最後のメインイベントでは、藤原がスーパー・タイガーをワキ固めで破った。この一戦を最後に佐山はUWFを去った。

 藤原が新日本を退団し、移籍してから1年2カ月でUWFの活動は終わった。

「いろんなことがあったけど、あの時代は面白かったな」

 さまざまな"実験"を行なった第一次UWF。団体として存続ができなくなった時、生きるために選択したカードは新日本への復帰だった。

(敬称略)

つづく

【プロフィール】

藤原喜明(ふじわら・よしあき)

1949年4月27日生まれ、岩手県出身。1972年11月2日に23歳で新日本プロレスに入門し、その10日後に藤波辰巳戦でデビュー。カール・ゴッチに師事し、サブミッションレスリングに傾倒したことから「関節技の鬼」として知られる。1991年には藤原組を旗揚げ。現在も現役レスラーとして活躍するほか、俳優やナレーター、声優などでも活動している。陶芸、盆栽、イラストなど特技も多彩。

【写真】 ケンコバのプロレス連載 試合フォトギャラリー

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