【プロレス】第1次UWFの崩壊 スーパー・タイガーと前田日明の不穏試合に、藤原喜明は「いい試合だったよ。ただ......」 (2ページ目)
【柔道の試合を見て生まれた「ワキ固め」】
UWFは、従来のプロレスにあるロープワーク、場外乱闘などすべてを廃した。関節技が主体のスタイルで、観客に地味な印象を与える不安はなかったのだろうか。
「関節技が地味だって? フフフ......試合ではな、ちょっとオーバーにやるんだよ。腕にしろ足にしろ、練習ならグッと極めるところを、グ、グ、グゥ~という感じで見せるんだ。道場と試合は違って、お客さんにわかりやすいようにやるんだよ」
入門以来、関節技を研究し続けた藤原は、自身が優位なポイントを明かした。
「まず、俺は関節技が全部好きで、得意なんだ。大切なことは、左手も右手も使えるってことだな。俺は本来左利きなんだけど、子供のころ、ご飯を食べる時におふくろから『左で食べるんじゃない』って叱られて、箸を右で持って食べていたんだ。そのおかげで左も右も同じように使えたんだな。そうすると、関節技を50個知っていれば、その2倍できるってことなんだよ」
この第一次UWF時代に編み出した技が「ワキ固め」だった。ほかのレスラーにも広まり、米国では敬意を込めて「フジワラアームバー」と名づけられている。
「ワキ固めは、ゴッチさんから教えられたものではなくてな。36歳の時に、柔道の斉藤仁選手が韓国人の柔道家と対戦した試合をたまたまテレビで見てたんだ。その試合で韓国の選手が、立った状態からいきなり関節技を決めて、それで斉藤さんの腕がおかしくなって棄権したんだよ」
その試合は1985年9月にソウルで行なわれた世界選手権で、斉藤仁が韓国の趙容徹に「腕挫腋固」を仕かけられ、左ひじを脱臼して棄権した。
「その試合を見た時に、斉藤さんには申し訳ないけど『これは使える』と思って。スパーで研究して研究して、今の形に辿り着いたんだよ。大切なのは肩を"極める"ってこと。なぜなら、相手は必ず逃げようと手を引くから、結果として肘が極まるんだよ。腰は地面に着かずちょっと浮かせて、そこから肘を中心にして回るんだ。力はいらないよ」
練習以外の時間でも常に関節技を考えていたからこそ「ワキ固め」は生まれた。しかも、観客にわかりやすい関節技でもある。まさに藤原だからこその必殺技だった。
「のちに猪木さんが、俺のことを『お前は天才だよ』って言ってくれたんだ。どういう意味で言ったのかはわからないけど、うれしかったよ」
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