【プロレス】藤原喜明が語る「プロレスの神様」カール・ゴッチのすごさ アメリカでの直接指導が「関節技の鬼」のベースを作った (3ページ目)
30歳での初渡米。タンパにあるゴッチの自宅で練習の日々が始まった。
「すぐに、『タンパに来たのは間違いだった』と思ったよ。なぜかって? 練習が厳しいんだ(苦笑)。朝起きて、そこからノンストップで3、4時間やって、昼はランチで休むんだけど、そのあとは街にある柔道の道場に連れていかれて、畳の上で関節技を練習するんだ。
それで疲れ果てて、部屋に戻ったらバタンキューだよ。それをしばらく繰り返しているうちに、フッと気づいたんだ。ゴッチさんから関節技を教えられたはずなのに、部屋に戻った時には何をやったか覚えていないってことをな」
ゴッチから直接、関節技を学ぶための渡米だったはずが、過酷な練習のせいで頭は空っぽになってしまった。そこで藤原は、発想を転換した。
「『これじゃダメだ』と思ってな。次の日から、教えてもらったいろんな関節技のなかからふたつぐらいに絞って、練習中もその技をとことんやった。それで部屋に戻ってからも、『ここは120度に曲げて......』とか、ノートに絵を描いて覚えておくようにしたんだ」
【ゴッチからの教えを、独自の視点で研究】
幼いころから絵が得意だったことが奏功した。克明な関節技の絵をノートに描き留めていくと、そこから泉のように技のバリエーションが浮かんできたという。
「不思議なものでな。関節技って、極めるポイントがいくつかわかると、『もっといい方法で極められないか?』って考えるようになって、ドンドン広がっていくんだよ。ただ、ゴッチさんの道場で教えられたものをすべて復習するのには10年くらいかかったな」
ゴッチと毎日、スパーを重ねて気づいたことはそれだけではない。
「ゴッチさんって、けた違いに力が強いんだ。技を極める時のバランスとして、『力は25パーセント。テクニックが75パーセント』と教えてくれたけど、そもそものパワーが 違うんだ。それに気づいてからは、『腕力で劣る俺たち日本人でもうまく極められるもっといい方法はないか』とずっと考えるようになってな。腕や足の角度とかをより研究するようになったよ」
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