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【女子プロレス】葉月が振り返る、中学卒業後から始まったスターダムでの日々 引退からの復帰も経て得た「幸せな場所」 (2ページ目)

  • 大楽聡詞●取材・文 text by Satoshi Dairaku

――入寮の翌年7月にデビューしますが、自宅自主トレと道場での練習の一番の違いは?

葉月:ひとりの時は「どこまで追い込めるか」という自分自身との戦いですが、プロレスの練習は「他人との戦い」でもあります。「あの子はできるのに、なぜ自分はできないんだろう」という葛藤が常にありました。あとは、筋トレだけでは身につかない、受身などの技術的な要素が一気に増えたことも大きかったです。

――同期は、現在タッグチーム(FWC)を組むコグマ選手ですね。ライバル意識や嫉妬心はありましたか?

葉月:めちゃくちゃありましたよ! 同じ部屋の二段ベッドで暮らしていたんですが、コグマは運動経験がなかったのに、なんでも一回見ただけでパッと動けちゃうタイプだったんです。周囲からは「コグマは動けるのに、なんで葉月はできないの?」と常に比べられて......。ずっと「何くそ!」という精神でやっていました。

【紫雷イオとのユニットから移籍して"愛されヒール"に】

――その後は休業期間(2015年8月~16年11月)を経て、2016年11月には、現在「IYO SKY」としてWWEで活躍する紫雷イオ選手とのユニット「Queen's Quest(以下QQ)」を結成しました。

葉月:私が休業していた期間に、イオさんとやり取りをして実現したユニットです。結成後に、イオさんから「葉月がいなかったらできていなかった」という言葉をいただいて、「自分が大事な存在なんだ」と思えたのがうれしかったですね。

――イオ選手はどのような存在でしたか?

葉月:ひと言で言えば「怖い存在」でした(笑)。仲よくなればすごく優しい方なのですが、上下関係も厳しく、ダメなところはしっかり指摘してくれましたね。私にプロレスの厳しさを叩き込んでくれた存在です。

――ベビーフェイスとして活躍しましたが、2018年のチーム編成ドラフト会議で、ヒールユニット「大江戸隊」へ移籍することになります。

葉月:もともとベビーフェイスの戦い方をしていたわけではないので、スタイル的には「楽しそうだな」と思いました。ただ、ドラフトでイオさんが先に自分を選んでくれなかったのは悔しかったですね。選んでくれていたらQQに残れたのに......。

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