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【証言・棚橋弘至】中邑真輔が感じた決定的な違和感「あぁ、そうか。この人の考え方とは違うな」 (2ページ目)

  • 井上崇宏●取材・文
  • 市川光治(光スタジオ)●構成

── 雑用でしくじることもなく?

中邑 掃除の仕方が雑で、注意をされたことはありましたけど......。僕は意外と脇が甘いところがあって(笑)。

── 中邑さんは入門してから、通常のヤングライオンが通る道とは違った動きをすることになりましたよね。

中邑 だけど、3月に大学の卒業式が終わってすぐに入門して、コーチだった木戸修さんの地獄の練習をなんとか耐え抜いて、7月から巡業について行くことになったので、丸3カ月は道場生として掃除をやったり、ちゃんこ番をやったり、洗濯をやったりしていましたね。

【異例の日本武道館デビュー】

── そのあと8月に日本武道館で安田忠夫選手を相手にデビューという、大物ルーキー扱いでした。巡業に出てからは、棚橋選手の試合を直に見たと思うんですが。

中邑 なんて言ったらいいんだろうな、当時はパワーとスピードを兼ね備えつつの華やかな試合をやることを目指しているのかな、と。鈴木健三さんとのタッグだったりとか、若いキャラクターを生かし、若きリーダーシップを感じさせるようなファイトをやっていたなという気がしますね。

── 新日本のなかで、特異な部分を感じることはありましたか。

中邑 合同練習とかでは、いつも率先して見本を示すのが棚橋さんの役目で、ソツなく完璧にこなせるっていう印象がありますね。

── 中邑さんがデビューする際、棚橋選手からアドバイスをもらったりしましたか。

中邑 僕からひとつだけ相談したんですよ。日本武道館でデビューすることが決まって、自分のなかでも青天の霹靂だったわけですよ。ひたすら真面目に練習をやっていて、デビューは伝統的にというか、地方のどこかの体育館でと思っていたんですけど、それがいきなり「日本武道館でデビューだから」と告げられまして。永田(裕志)さんからは「おまえ、いまは坊主が伸びただけだからちゃんと髪を切りに行ってこい」と言われて美容室に行って、僕なりに考えたことは「こんなに大々的にデビューするのに、ふつうにやっちゃいかんだろうな」と。

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