【証言・棚橋弘至】中邑真輔が感じた決定的な違和感「あぁ、そうか。この人の考え方とは違うな」
証言・棚橋弘至〜中邑真輔インタビュー(前編)
新日本プロレスの象徴として時代を築いてきた棚橋弘至の現役引退が、いよいよ迫ってきた。その節目に、同じ時代を生き、時に交わり、時に距離を取ってきた中邑真輔は、棚橋をどう見ていたのか。入門前の印象から、道場時代の空気、そして運命的な"最初の違和感"まで......中邑真輔が語る棚橋弘至とは?
2016年に新日本プロレスを退団し、WWEに移籍した中邑真輔 撮影/タイコウクニヨシこの記事に関連する写真を見る
【流れのなかにある棚橋弘至の引退】
── 棚橋弘至選手の現役引退が目前に迫ってきました。
中邑 ひととき「早いな」とも思いましたけど、先日引退したジョン・シナや、引退を表明しているAJ(スタイルズ)も同い年ですし、棚橋さんはそのふたりのひとつ上でしょう。なんだろう......そういう時代の流れに吸い込まれているのかなという気がしますけどね。
── 中邑さんは2002年に新日本プロレス入門で、1999年に入門した棚橋選手の3年後輩ということになりますけど、入門前は棚橋選手の試合を見ていましたか?
中邑 そうでもないです。大学の時はアマチュアレスリングをやってたから、『ワールドプロレスリング』を欠かさず見ていたわけではなく、『週刊プロレス』の記事なんかで棚橋さん、柴田(勝頼)さん、井上(亘)さんたちがデビューしたことを確認していた程度ですね。ただ棚橋さんに関しては、みんなが口を揃えて言うことだと思いますけど、「身体が異様にできている若手」ということで印象が強かったです。試合は『ワールドプロレスリング』でサラッと流れるダイジェスト版で見ていた感じで。
── では、棚橋選手のキャラクターや人となりを認識したのは入門してからですか。
中邑 まったくもってそうですね。自分が合宿所に入寮した時、棚橋さんが寮長でしたが、実質後輩の指導にあたっていたのは矢野通さんで、棚橋さんは最終的なチェックをする感じ。ものすごくやさしい人ではありましたが、自分はバリバリの体育会系だったから、下手に先輩と仲良くしようと取り入ったりはせず、緊張感を持って接するようにしていました。
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