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【女子プロレス】東日本大震災、妹・幸子とのタッグ解散......身長151cmのハードコアレスラー、DASH・チサコが乗り越えてきた苦難の日々 (2ページ目)

  • 尾崎ムギ子●取材・文 text by Ozaki Mugiko

【あのスポットライトのなかに立ってみたい】

 DASH・チサコは1988年、宮城県仙台市に生まれた。父と母、そして、ひとつ下の妹・幸子。幼稚園から高校、そしてプロレスまで同じ道を歩んだ姉妹は、仲がよく、互いの理解者だった。

 チサコは子どもの頃から好き嫌いがはっきりしていた。「みんなと同じ」がどうにも性に合わない。休み時間に友だち同士で固まったり、一緒にトイレへ行ったり――。そんな"当たり前"に違和感を覚えていた。友だちはいたが、趣味や感覚が合わない相手に合わせることはしない。その姿勢は、のちにリングの上で自分の闘いを貫く力につながっていく。

 中学に入ると、J-ROCKにのめり込み、B-DASHや19に憧れてギターを始めた。友人とバンドを組み、ギターボーカルを担当。将来は音楽の道へ進みたいと考え、仙台大学附属明成高校の総合コースへ。夢を持つ仲間と過ごす毎日は、刺激に満ちていた。

 高校1年のある夜、深夜放送の新日本プロレスを観て興味を持つ。妹と仙台大会を観戦に行き、入場シーンに釘づけになった。

「入場曲、パフォーマンス、コスチューム、お客さんとの一体感......ライブの感覚に近いと思ったんです。だからこそ惹かれたのかもしれません」

 当時の新日本は、新闘魂三銃士(棚橋弘至、中邑真輔、柴田勝頼)の時代。なかでも柴田に心を奪われた。黒いショートパンツに無駄のない動き、常に何かに怒っているような表情。飾らない強さがそこにあった。

「顔面キックとかストンピングは、柴田さんの影響ですね。川田(利明)さんがブチ切れる瞬間も好きで。見ていてスカッとするし、『うわ、キレた!』っていうわかりやすさがある。自分もそういうスタイルだと思います」

 やがて"デスマッチのカリスマ"葛西純の存在を知る。音楽、スタイル、表現――すべてが自分と波長の合うものだった。彼の試合は想像を超える過酷さで、それでも抗えない魅力に満ちていた。自分も、あのスポットライトのなかに立ってみたいと思った。

2022年11月、ハードコアタッグマッチで葛西純と対戦 photo by センダイガールズプロレスリング2022年11月、ハードコアタッグマッチで葛西純と対戦 photo by センダイガールズプロレスリングこの記事に関連する写真を見る

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