アンドレ、ホーガン、ベイダー・・・。藤波辰爾が即答した「最高の外国人レスラー」は? (4ページ目)

  • 松岡健治●取材・文 text by Matsuoka Kenji

藤波が最高のレスラーに挙げたマードック photo by Yukio Hiraku/AFLO藤波が最高のレスラーに挙げたマードック photo by Yukio Hiraku/AFLO 数ある名勝負を演じてきた藤波が"最高の外国人レスラー"を選ぶとしたら――。そんな問いに、藤波は「ディック・マードックです」と即答した。

 父親もプロレスラーで、子供の頃から指導を受けていたマードックは、19歳でドリー&テリーの"ファンク一家"に師事。1965年にデビューし、1968年に初来日する。以降は国際プロレス、全日本プロレス、そして1980年代には新日本でもトップ選手として活躍した。

 藤波はマードックのことを、「寝てよし、立ってよし。レスリングもうまいオールラウンドなレスラー」と絶賛する。実力はありながら、タイトルなどにこだわらないマイペースな性格で、時には猪木など周囲をイラつかせることも。だが、滞空時間が長い垂直落下式ブレーンバスターなどで観衆を魅了した。

 マードックが多くのファンに愛されたのは、高い技術があったからだけではない。藤波との試合では、場外乱闘から戻る際に互いのパンツをつかんで尻を出すなど、パフォーマンスでも会場を沸かせた。1996年6月15日に、心臓麻痺のため49歳の若さで急逝したが、その姿は多くのプロレスファンの記憶に刻まれている。

「プロレスは、どんな戦いやパフォーマンスをすればいい試合なのか、という決まりはありません。常に会場に来るファンも違いますし、どんなことで盛り上がるか読めない、イロハがない世界なんです。そのリングで、自分がどう動いたらいいかを的確につかまないといけないんですが、その点、マードックはファンをくぎづけにする感性が抜群でした。彼は本当に"最高"のレスラーでしたよ」

 ここまで、連載の中で多くのレスラーを語ってきた藤波は、多くの栄光を手にしながら、67歳になった現在も選手としてメインを張る。そんなレスラーは、世界を見渡しても極めて稀だ。なぜ、藤波はリングに上がり続けるのか。

「僕が現役でやれているのは、今でも『プロレスで僕の人生が救われた』という思いがあるからだと思います。プロレスが自分の人生を切り開いてくれ、プロレスがあったからこそ、今も健康で生き続けているんだと。67歳になりましたが、入門する前のプロレスへの憧れや『好きだ』という気持ちは、まったく変わらないんです。

 いつまでリングに上がれるかはわかりません。でも、プロレスへの思い、ファンへの感謝を忘れずに、自分のプロレスを追求し続けたいと思います」

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■藤波辰爾が主宰する「ドラディション」は、『THE NEVER GIVE UP TOUR』と銘打ち、デビュー50周年記念ツアーを今秋からスタートすることを決定。
第一弾・・・10月31日@大阪・南港ATCホール 11月9日@東京・後楽園ホール
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