【国際プロレス伝】団体崩壊後の日々寺西勇とアニマルはともに戦った (2ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • photo by AFLO

「大将の木村さんがいて、僕が吠えてチョロチョロしながら突っかける。それで、受け身がうまくて技がある寺西さんが華麗なレスリングで締める。僕が1947年の8月生まれで、寺西さんが1946年の1月生まれ。木村さんは1941年6月生まれですからちょっと離れていましたけど、寺西さんとは1歳、学年で2年違いでしたから、ホント兄貴みたいな存在でした。三者三様、プロレスのスタイルも性格も3人ともまったく違うタイプだったからよかった。誰かひとりが欠けてもダメだったでしょうね。

 3人だけで大きな壁にぶつかっていったので、毎日が必死。生き抜くために死に物狂いでやっていましたけど、"末っ子"の僕は好き勝手にさせてもらっていました。今、振り返ると、あのときは充実していて一番おもしろかったかな。僕の全盛期です」

 リングを離れた酒の席でも、木村、寺西、浜口の3人は個性的だった。

「あいかわらず、3人でよく呑みましたよ。というか、3人しかいなかったけど。木村さんは静か~に呑んで、僕は大騒ぎ。寺西さんはシャイでね。僕が言うのも失礼ですけど、恥ずかしがり屋なところがあって。それでも、モノマネがお上手でしたね。歌手でも、芸人でも、スポーツ選手でも誰でも。テレビなんか見ていると、すぐにできちゃう。それがうまくて。

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