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【SVリーグ】ムセルスキーが日本で一番印象に残っている試合「私は妻の誕生日で一度も負けたことがない」

  • 井川洋一●取材・文 text by Yoichi Igawa

Why Japan? 私が日本でプレーする理由

ドミトリー・ムセルスキー/サントリーサンバーズ大阪 
ロングインタビュー 第4回(全4回)

サッカーのJリーグだけでなく、バレーボールのSVリーグにも、さまざまな国からやってきた外国籍選手が在籍している。彼らはなぜ、日本を選んだのか。そしてこの国で暮らしてみて、コートの内外でどんなことを感じているのか。シリーズ初のバレーボール選手は、先日、今シーズンかぎりでの現役引退を発表した元ロシア代表ドミトリー・ムセルスキーだ。

第1回から読む >>> 今季で引退のドミトリー・ムセルスキーが8年前に来日したワケ「日本のバレーボールの成長の理由が知りたかった」

第2回から読む >>> ムセルスキーの長い独白「バレーボールが導いてくれたこの旅路は、言葉で言い尽くせないほどすばらしいものだった」

第3回から読む >>> 最大の強敵は自分自身と話すムセルスキー「そんな手強い相手に打ち勝つには、練習するしかない」

【日本で一番印象に残っている試合は昨季決勝第1戦】

「サントリーサンバーズ大阪に入団してすぐの頃、チームメイトがみんなで私の誕生日を祝ってくれたんだ。あんなに温かく迎えてくれるなんて想像していなかったから、本当に嬉しかったよ。その後に、みんなで釣りに行ったり、バーベキューをしたりして、すぐに打ち解けることができた。チームと仲間の計らいに、心から感謝している」

対戦形式の練習でポイントを取り、チームメイトと喜ぶドミトリー・ムセルスキー photo by Shogo Murakami対戦形式の練習でポイントを取り、チームメイトと喜ぶドミトリー・ムセルスキー photo by Shogo Murakami

 日本で一番印象に残っていることは何かと訊くと、ドミトリー・ムセルスキーはそう応じた。なかなか具体的な言葉を返さない彼にしては、珍しい回答だ。それくらい、特別な出来事だったのだろう。

 異国で暮らし始めた時に、自分を受け入れてもらえる場所があると感じると、とても嬉しいし、落ち着くことができる。初めて国外での生活を始めたムセルスキーにとって、節目の30歳の誕生日は微笑ましい記憶となり、彼の心に刻まれている。

 またスポーツ面でも、日本での最高の思い出は、バースデイに関連するものだ──ただし、それは彼の妻が生まれた日だった。

「私は妻の誕生日に行なわれた試合で、一度も負けたことがない。だが、昨シーズンのSVリーグ・ファイナルの第1戦は危なかった」

 2025年5月3日に行なわれたSVリーグ決勝第1戦で、サントリーはジェイテクトSTINGS愛知に2セットを先行された。しかしそこから驚異的な粘り強さを見せ、第3セットを26-24で奪い、続く2セットを32-30、26-24でモノにし、3時間25分に及ぶ死闘を制した。第1話の冒頭で紹介したロンドン五輪決勝にも通じる大逆転劇だ。サントリーは翌々日の第2戦をストレートで勝ち、SVリーグの初代王者に輝いている。

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著者プロフィール

  • 井川洋一

    井川洋一 (いがわ・よういち)

    スポーツライター、編集者、翻訳者、コーディネーター。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州や南米、アフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。1978年、福岡県生まれ。

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