【女子バレー】群馬グリーンウイングス塩崎葵葉が振り返る、荒木絵里香との出会い 「将来有望!」のかけ声に導かれてSVリーガーに
『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(3)
群馬グリーンウイングス 塩崎葵葉 前編
(連載2:埼玉上尾・目黒安希が三姉妹で歩んだSVリーグへの道 乗り気ではなかったバレーを続けたワケ>>)
【荒木との出会いでバレーに夢中になった】
塩崎葵葉(25歳/群馬グリーンウイングス)は、その日の光景を今も覚えている。
群馬グリーンウイングスのミドルブロッカー塩崎葵葉(写真/SVリーグ)この記事に関連する写真を見る
滋賀県出身の塩崎は、小学校2年生でバレーボールを始めた。母親のママさんバレーについていったのがきっかけだった。当初は勉強のほうに興味があり、乗り気ではなかったというが......。
バレーを始めてまもなく、自宅近くで東レアローズの試合が開催された。彼女はエスコートキッズに選ばれたが、その時に手をつないでくれたのが、当時の日本代表のミドルブロッカー、荒木絵里香だった。
「身長高いね。将来有望! 頑張ってね」
そう声をかけられた塩崎は、その日からバレーボールに夢中になった。
「荒木さんと一緒に写真を撮ってもらいました。そこからは『この人みたいになりたい!』って。東レの試合もよく観に行きましたね。そのたび、荒木さんの出待ちをしていました。実家にはサインがたくさんあると思います(笑)。そこからはバレーだけの人生。最初は何もできなかったですけど、がむしゃらに頑張ってきました!」
塩崎は大きな目を開け、快活に言った。
小学校から中学に入った時、荒木への憧れはより明確になった。
「小学校では一番身長が高かったし、レフトだったんですけど。中学に入ったと同時に、監督に『ミドルがやりたいんです。教えてください!』と志願しました」
荒木と同じポジションで、ブロック、クイックをイチから学んだという。瞬く間に県内有数の選手になった。高校は家の事情で、富山一高へ転向。それがターニングポイントになった。
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著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。



















































