「錦織二世」と呼ばれた後輩・内山靖崇が練習を見て驚愕 「フォアハンドのスイングスピードがもう、速すぎて......」 (4ページ目)
【ちょっと、僕とは次元が違うな】
内山が渡米してから2年半が経った2008年2月。当時18歳の錦織は、IMGアカデミーから300kmほど離れたデルレイビーチで開催されたATPツアー大会で快進撃を見せていた。
予選から参戦し、世界ランキング200位前後の選手たちに勝利して本戦へ。そして本戦でも、トップ100クラスの選手たちを立て続けに破っていた。
それでも内山の記憶に残るのは、その快進撃を当然のこととして受け止めているかのようなアカデミー内の温度感だ。
「アカデミーのなかで、コーチたちは特に驚いていなかった。もう『圭はこいつには勝つよね』みたいな空気でした。ランキングを見たら、相手もトップ100だったり、普通に強いんですよ。それでも『圭なら勝てる』という雰囲気だった。
それくらいアカデミーのなかでも認められているし、高く評価されているんだなと僕は感じていました。当時の圭くんのランキングは200位台でしたが、実力的にはトップ100はあると見なされていたと思います」
最終的に錦織は、決勝戦で当時12位のジェームズ・ブレーク(アメリカ)にも勝利し、ツアー初優勝を手にする。
その日の夜、コーチの運転する車でアカデミーに帰ってきた錦織を、内山を含む選手やスタッフたちがサプライズパーティで出迎えた。
「あの時は圭くんも疲れていたし、人も多かったので、『おめでとうございます。やっぱりすごいですね』くらいしか言葉はかけられなかった。彼の強さはずっと目の当たりにしてきたし、すごい人だとはずっと思っていましたが、それでも『ここまでとは......』と驚きもしました」
やっぱりちょっと、僕とは次元が違うな──。
それが当時の内山少年が抱いた、率直な思いだった。
(つづく)
◆内山靖崇の視点(2)>>ダブルスを組んで「やっぱ、すごいなこの人」
【profile】
内山靖崇(うちやま・やすたか)
1992年8月5日生まれ、北海道札幌市出身。ジュニア時代から頭角を現し、2011年にプロ転向。単複双方で世界を転戦し、デビスカップ(国別対抗戦)では主にダブルスで日本チームの勝利に貢献してきた。2019年のブリスベン国際やジャパンオープンではシングルスでベスト8入りを果たし、同年11月に自己最高ATPランキング78位を記録。2021年に故郷・札幌で「UCHIYAMA CUP」を立ち上げるなど、テニス界の発展にも尽力している。現在も現役選手としてツアーを転戦中。ATPチャレンジャー・シングルス通算7勝。身長183cm。
著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。
【写真】日本女子テニス「6人のティーンエイジャー」フォトギャラリー
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