【ラグビー日本代表】リーチ マイケル「ブライトンの奇跡」あの決断を振り返る 10年経った今も「トライを取りにいく」 (3ページ目)
【ヘスケスは左手を空高く突き上げた】
10年前の決断を、あらためて振り返ってもらう。
リーチは間を置かずに答える。
「迷うことはなかったですね。ホントになかったです。試合の展開を考えても、グラウンドの上の雰囲気を察しても、相手はシンビン(反則による10分間の一時退場)でひとり少ないし、これはもう勝ちにいくべきだろうと。
ペナルティゴールを狙って、もし外れたら、それこそ最悪の結果になってしまうし、決めたとしても同点です。勝ちではないんだから、リスクを背負って勝ちにいくことだけを考えました。
それは、僕ひとりの判断ではないんです。みんな、スクラムで勝ちにいくぞって。あのチームはボールを持ったら強かったので、とにかくボールを持ってアタックをし続ける。そうしたら、どこかでトライを取れるという自信もありました。あの南アフリカ戦の前にも、1本トライを取ったら勝てたという試合がありました。それも、勝つための準備になっていたんだと思います」
この日の日本は、前半からスクラムに手応えをつかんでいた。果たして、スクラムを選択すると右サイド奥深くまで展開し、そのまま縦へ突き進むのではなく、横へ動かす。
ピッチを幅広く使う展開で相手を揺さぶり、数的優位が生かされていく。相手の圧力を跳ね返してボールをつないでいった日本は、No.8アマナキ・レレイ・マフィのパスを受けたWTBカーン・ヘスケスが左隅へ飛び込む。
タックルを受けたヘスケスの身体は、タッチラインの外へ押し出された。しかし、背番号23は左手を空高く突き上げる。
ラストプレーで5点をもぎ取った日本は、34-32で南アフリカが握りかけていた勝利をもぎ取った。ティア1と称されるトップカテゴリーの国から、ワールドカップで初めて勝利をつかんだ。南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリアの南半球3強を、初めて退けた一戦にもなった。
「試合が終わった瞬間は、ホッとしましたね。チームメイトの喜んでいる姿を見たら、うん、ホッとしました」
南アフリカを相手に、あの日と同じシチュエーションが訪れたら、同じようにトライを狙うのか。
「まったく同じなら」と前置きをして、リーチは言う。
「もちろん、トライを取りにいきます」
(つづく)
◆リーチ マイケル・中編>>奇跡から10年後「日本人のスタンドオフが少ない」
【profile】
リーチ マイケル
1988年10月7日生まれ、ニュージーランド・クライストチャーチ出身。15歳で来日して北海道・札幌山の手高校に入学。東海大学を経て2011年に東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京)に加入する。日本代表歴は2008年11月のアメリカ戦で初キャップを獲得。2013年に帰化。2014年から2021年まで日本代表キャプテンを務め、ワールドカップは2011年・2015年・2019年と3度出場。ポジション=FLフランカー、No.8ナンバーエイト。身長189cm、体重113kg。
著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
【ラグビーW杯フォト】日本代表「ブライトンの奇跡」プレイバック(23点)
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