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中田英寿の穴を埋めるように飛躍も...24歳で引退した小松原学がトレーナーという職業にこだわる理由

  • 栗原正夫●文 text by Masao Kurihara

連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
小松原学インタビュー(後編)

【前編】『Jリーグ最年少出場記録を打ち立てた早熟の天才の第二の人生 国家資格に食らいつき鍼灸整骨院を開業』はこちら>>

 元Jリーガーの小松原学にはいま、3つの顔がある。

 群馬で「Pass鍼灸整骨院」を営む院長であり、ラファーガフットボールクラブ(NPO法人)の代表として育成年代の指導に携わる。さらに、アーティストのケアやツアーの帯同、サッカーを通じた海外留学や大会参加を支援する事業を行う株式会社Pieceの代表も務めている。

 サッカー選手としては10代の頃から世代別代表に飛び級で招集されるなど、将来を大きく期待されながら、ケガに苦しみ、若くして引退を余儀なくされた。ただ小松原は、その後の人生を考えれば、それも悪くなかったとの思いもあるという。

「僕は1981年生まれで、サッカーの世代でいえば2004年アテネ五輪世代です。同期には、阿部勇樹、石川直宏、前田遼一、松井大輔、茂庭照幸、鈴木啓太らJリーグで長く活躍してきた選手も多い。ただ、みんな引退し、年齢を重ねるなか、苦労も多いと聞きます。スポーツ選手って、一部のスーパースターを除けば、遅かれ早かれ引退後、一般社会に出ることになる。そう考えると僕は、みんなより早くその経験をできましたから。

 引退すると、いろいろ大変ですよ。でも僕は24歳で引退したから、6年も専門学校に通い、国家資格を取得することができた。もし30歳過ぎまで現役を続けていたら、そこから学生に戻ることができたかはわからないし、そのパワーはなかったんじゃないかなと思います」

 朝5時半に起きて、学校のあと、深夜までバイト。そんなことができたのも、まだ20代半ばだったからだ。

梅沢富美男さんをはじめ多くのタレントを鍼灸・マッサージ師としてサポートしてきた 写真提供/小松原学梅沢富美男さんをはじめ多くのタレントを鍼灸・マッサージ師としてサポートしてきた 写真提供/小松原学 これまでいちばん苦労した時期を聞けば、小松原は整骨院の開業(2012年)当初だったと振り返る。

「やっぱり支払いが......。お金を借りられたのはいいですけど、返さなきゃいけないですから(笑)。その頃はサッカースクールでコーチもしながら、朝練前の学生のため早朝6時に整骨院を開け、夜も深夜0時くらいまで治療をしていましたから。それでも、毎月送られてくるローン残高はまったく減ってないので、見るたびに凹んでました」

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著者プロフィール

  • 栗原正夫

    栗原正夫 (くりはら・まさお)

    1974年6月11日生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、放送、ITメディアでスポーツにかかわり、2006年からフリーランスに。サッカーを中心に国内外のスポーツを取材し、週刊誌やスポーツ誌に寄稿。ワールドカップは1998年、夏季五輪は2004年からすべて現地観戦、取材。メジャーよりマイノリティ、メインストリームよりアンダーグラウンド、表より裏が好み。サッカー・ユーロ、ラグビーワールドカップ、テニス4大大会、NBAファイナル、世界陸上などの取材も多数。

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