Jリーグ外国人最多得点者はセレソンでない無名FW マルキーニョスが15シーズンも日本で活躍できた理由
Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第26回】マルキーニョス
(東京ヴェルディ1969、横浜F・マリノス、ジェフユナイテッド市原、
清水エスパルス、鹿島アントラーズ、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸)
Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。
第26回はマルキーニョスを取り上げる。2001年に東京ヴェルディ1969に加入すると、7つのチームを渡り歩いて計15シーズンもJリーグでプレーした。J1通算333試合出場はフィールドプレーヤーでは外国人最多で、通算152ゴールは外国人最多にして歴代6位に食い込む。
Jリーグにやってきたブラジル人選手はあまたいる。そのなかで、セレソンの経験を持たない彼が日本でずば抜けた実績を残した。そこにはやはり、明確な理由がある。
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マルキーニョス/1976年3月23日生まれ、ブラジル・リオブリリャンテ出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 1976年3月生まれの「マルキ」ことマルキーニョスは、25歳でJリーグデビューを飾った。母国ブラジルのコリチーバなどで実績を積み、2001年の第2ステージから東京ヴェルディ1969のユニフォームを着る。チームは第1ステージを最下位の16位で終えており、マルキは勝ち点奪取に直結するゴールが求められた。
その期待に応えて、マルキは14試合出場でチームトップの8ゴールをマークする。10月末に追加登録されて5試合で2得点を挙げた同僚エジムンド──「野獣」と呼ばれた元ブラジル代表FW──が話題をさらったが、年間順位14位でのJ1残留はマルキのゴールがあったからこそだった。
翌2002年はエジムンドが攻撃の柱となり、マルキのFWの序列を下げる。ヴェルディにはこのシーズンで別れを告げ、2003年は横浜F・マリノスの一員となった。
元日本代表監督の岡田武史が指揮する名門で、マルキは久保竜彦と2トップを組む。特に第2ステージで貴重な得点を決め、最終節のジュビロ磐田戦では同点へ持ち込む一撃を決めてみせた。2-1の勝利をもぎ取ったチームは、第1ステージに続いて完全優勝(両ステージ制覇)を成し遂げ、年間王者に輝いたのだった。
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著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
























