「ラモスの教え」。監督・永井秀樹が、
ヴェルディユースで目指すもの (4ページ目)
真のチャンピオンチームになるには
理想のサッカーとなる「型」が必要
1993年5月15日、当時「2強」と言われていたヴェルディ川崎vs横浜マリノスの試合によって、Jリーグは産声を上げた。以来、さまざまな歴史を刻み、今につながっている。
開幕戦の会場となった国立競技場には、5万9626人の大観衆が集結。テレビでは民放の地上波で全国中継されて、視聴率は32.4%(関東地区)という驚異的な数字を記録し、Jリーグはその後、社会現象になるほどの人気を極めた。
前年のJリーグカップでも優勝していたヴェルディは、初代年間王者に輝くと、翌年も連覇を達成。チームには、カズ(三浦知良)、北澤豪、武田修宏、柱谷哲二ら日本代表でも活躍する面々が在籍し、まさにスター性にあふれたタレント集団で、Jリーグ人気を象徴するクラブだった。そのヴェルディの確固たる軸として、ゲームをコントロールしていたのが、ラモス瑠偉だった。
「当時はラモスさんを中心にして、意識しなくても数的優位の状態を作れたし、(選手個々が)理想の距離感になっていた。だから、懸命にボールを保持しようとしなくても、結果的には自然と(ボールを)保持できて、相手が下がらざるを得ない状況となり、シュートチャンスがたくさん生まれた。
要するに"ラモス瑠偉"という、ピッチ上で相手の戦略や戦術を観察しながら試合の流れを察知し、攻守にわたってチーム全体をコントロールできる絶対的な司令塔がいたからこそ、周りの選手も輝くことができたんだね」
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