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サッカー日本代表の100年以上続く東アジアでの戦いの歴史 E-1サッカー選手権開幕

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo

連載第57回 
サッカー観戦7500試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

 現場観戦7500試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。

 今回は7月7日よりスタートしたE-1サッカー選手権について。今から100年以上の前の試合から続いている、日本代表の東アジアでの戦いの歴史を紹介します。

2022年の前回のE-1選手権で日本は優勝している photo by Sano Miki2022年の前回のE-1選手権で日本は優勝している photo by Sano Mikiこの記事に関連する写真を見る

【第1回E-1選手権は2003年に開催】

 日本代表は韓国開催の「EAFF E-1サッカー選手権」に臨む。東アジアサッカー連盟(EAFF)主催の大会だ。

 EAFFは2002年の日韓W杯直前に結成され、第1回「東アジア選手権」は翌2003年に開催された。その後、大会名は「EAFF東アジアカップ」を経て2017年の第7回大会から現在の「E-1選手権」となった(いずれ「E-2選手権」ができるのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ)。

 第1回大会は当初2003年5~6月に予定されていたが、東アジアでSARS(重症急性呼吸器症候群=コロナウイルスによる感染症の一種)が流行した影響で12月に延期された。

 僕は、ある雑誌の依頼でこの大会の予選を取材するために香港を訪れたが、香港ではSARSが大流行していて、バスの中でも咳をする人が大勢いたのでかなりの恐怖を感じたが、なんとか感染することなく帰国した。

 つまり、この大会は初回から波乱含みだったのだ。

 その後も、2020年代前半のコロナ禍を含めて様々なトラブルがあり、規約では「2年に一度」となっているが開催は不定期となっている。

 たとえば前回大会は、はじめは中国開催の予定だったが、中国が「ゼロコロナ政策」のために開催を断念。急遽、日本で大会が開催されたが、今回も3年ぶりの開催となった。

 また、日中韓の主要3カ国に劣らない力を持つ北朝鮮は政治的な理由で出場したり、出場しなかったりを繰り返している。今回の大会でも北朝鮮は男女ともに棄権してしまった(女子は予選大会で圧勝したものの、その後棄権。代わって予選2位のチャイニーズタイペイ=台湾が出場することになった)。

 そして、この大会のもうひとつの問題が、開催がFIFAの国際マッチデーではないところだ。おかげで、日本代表は海外組を招集できず、今ではこの大会は新戦力テストの場となっている。

 2002年に東アジアサッカー連盟(EAFF)が発足した頃には、これほど海外組が多くなるとは誰も予想できなかったのだが......。

 2003年の第1回大会(東アジア選手権)では、2006年ドイツW杯出場権獲得を目指すジーコ監督の日本代表が地元開催の大会で優勝を狙った。

 ところが、「勝てば優勝」という状況の最終韓国戦では、開始わずか18分で大久保嘉人が2枚目のイエローをもらって退場してしまう。その結果、ひとり少ない日本はスコアレスドローに終わって優勝を逃してしまったが、退場者が出た後も、攻撃的選手を投入したジーコ監督の積極的な采配は際立ったものだった。

 チーム作りでは不手際が目立ったジーコ監督だったが、こういうゲーム中の采配はさすがに修羅場をくぐってきた人らしい勝負勘を見せることがあった。

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著者プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7500試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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