【プロ野球】「命だけじゃない。野球人生も救われた」 元阪神・原口文仁が初めて知った手術中の真実と医師の決断 (4ページ目)
── 本のサブタイトルには「大腸がんという宿命を使命に変えて」とあります。病気になったことは宿命であり、それを伝えることがご自身の使命だととらえているのでしょうか。
原口 なってしまった病気は避けて通れなかった道であり、自分の運命、宿命として受け入れています。そして、プロ野球選手として一軍の舞台に復帰し、元気に頑張る姿を見せることこそが僕の「使命」だと強く思っていました。一軍で活躍してこそ多くのメディアに取り上げていただき、全国の患者さんやご家族に届くからです。「活躍できないかも」という恐怖は頭になく、ただ早く一軍に戻ることだけを考えて日々のリハビリを積み重ねました。復帰後は恐怖心もなく、思いきりヘッドスライディングもできました。
── ユニフォームを脱いだ今、あらためてこの本をどのような人に届けたいですか。また、今後のビジョンを教えてください。
原口 病気と闘っている方はもちろん、何かの困難に立ち向かっている方、そして健康に生活している方にも広く手に取っていただきたいです。元気なうちから自分の身体と向き合い、健康に気遣って検査に行く。その結果、何もなければまた楽しい人生を送ればいい。症状を先延ばしにして取り返しがつかなくなることがないように、早期発見・早期治療の大切さを発信し続けることが、タイガースという球団に影響力をいただいた僕のこれからの使命です。今後はいったん球団を離れたからこそ見える広い視野で、野球や社会の勉強をたくさんしていきたいです。少年野球の指導も含め、自分が培ってきたものを野球界や社会へ恩返しする準備を、これからも一歩一歩進めていきます。
原口文仁 (はらぐち・ふみひと)/1992年3月3日生まれ。埼玉県出身。帝京高校3年の2009年、夏の甲子園大会出場。同年ドラフト6位で阪神タイガースに入団。ケガの影響で13年から育成契約となったが、16年4月に支配下登録に復帰すると、強打の捕手として活躍。5月には、育成契約を経験した野手では初の月間MVPを受賞。19年⒈月、大腸がんを公表。同年6月に一軍復帰し、代打サヨナラ安打を放つなど奇跡の復活を遂げると、7月のオールスターゲームでも2試合連続の本塁打を記録。不屈の精神で病を乗り越えた姿は、多くのファンに勇気を与えた。20年からは代打の切り札として勝負強さを発揮し、23年には38年ぶりのチーム日本一に貢献。25年シーズンをもって、16年間の現役生活に幕を下ろした。引退後は、野球界と社会への貢献を軸に、講演活動やメディア出演を行なっている
『道なき道を 大腸がんという宿命を使命に変えて』(集英社)
阪神タイガースひと筋16年。
2025年に現役を引退した原口文仁による、引退後初の著書。
「これはがんです」 プロ野球人生半ばの26歳で告げられた現実。
2019年、大腸がん(ステージ3b)を患い、大腸を13センチ切除した。
手術は成功。再発の不安を抱えながらもプレーを続け、2024年に完治。
そして2025年、16年をともにしたタテジマのユニフォームを脱いだ。
病と向き合った日々、再びグラウンドへ戻るまでの舞台裏、支えとなった家族や仲間への思い──。
ユニフォームを脱いだ今だからこそ明かせる本音を、自身の言葉で綴った一冊。
妻、母、"師匠"と慕う城島健司氏、チームメイト・梅野隆太郎選手からの「特別寄稿」も収録。
著者プロフィール
長谷川晶一 (はせがわ・しょういち)
1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターとなり、主に野球を中心に活動を続ける。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。主な著書に、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間 完全版』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ──石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)、『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『中野ブロードウェイ物語』(亜紀書房)、『名将前夜 生涯一監督・野村克也の原点』(KADOKAWA)ほか多数。近刊は『大阪偕星学園キムチ部 素人高校生が漬物で全国制覇した成長の記録』(KADOKAWA)。日本文藝家協会会員。
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