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【プロ野球】「命だけじゃない。野球人生も救われた」 元阪神・原口文仁が初めて知った手術中の真実と医師の決断 (2ページ目)

  • 長谷川晶一●文 text by Shoichi Hasegawa

── 現役アスリートのプレーに支障が出ないよう、医師も一般の方とは違う厳しい判断を迫られたと思います。結果的に、一軍復帰を果たして現役を全うされましたが、この医師の判断を今どう振り返りますか。

原口 当時を思い出すと、僕にとって野球は生きがいであり、生活のすべてでした。「野球ができない」という選択肢は僕のなかに本当になくて、仮に人工肛門になったとしても野球をやりたいという思いでした。当時は無知だったからこそ言えた部分もあるけど、それくらい野球にすべてを注いで生きてきた。僕がその気持ちを直接伝えたわけではないのに、先生方はプロの技術と自信をもって、現役復帰を見据えた選択をしてくださった。命だけでなく、野球選手としての命も救ってもらったのだと深く感じています。

【大病を経て変わった「野球への価値観」】

── 身内であるお母さまや奥さまの証言も掲載されています。当時も今も、身近だからこそ照れくさくて話せない深い部分もあったかと思います。

原口 自分では普段どおり、普通に接していたつもりだったけれど、周りは僕の態度を「変に明るすぎる」と感じて異変を察知していたようです。面と向かってはなかなか聞けない家族の本心が、本にすることで初めてはっきりとわかり、新しい気づきがありました。

── また、城島健司さんや、同年代のライバルでもある梅野隆太郎選手のコメントも印象的です。城島さんとの自主トレのエピソードやコメントについてはどんな思いがありますか。

原口 若い頃にお世話になり、いろいろ教わった大先輩が、僕のことをきちんと見ていてくれたこと、思っていてくれたことがうれしかったですね。本の中で具体的に書いていなかった自主トレ期間中の宴会での一発芸の正体は、じつはスパイダーマンのモノマネや、相川七瀬さんの曲に合わせて面白おかしくダンスすることでした(笑)。本当にハードな練習のなかで、オンとオフの切り替えを学ばせてもらった懐かしい思い出です。

 ウメ(梅野隆太郎)に関しては、キャッチャーというひとつのポジションを争う勝負の世界にいたので、現役時代はそこまでベタベタした関係ではありませんでした。だからこそ、彼が当時の僕を見ていろいろなものを感じ、言葉にしてくれたのは本当にうれしかったです。復帰戦で千葉ロッテマリーンズさんのご配慮もあり、ビジターのグラウンドでウメとふたりで並んでヒーローインタビューを受けた光景は、今も深く記憶に残っています。

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