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【プロ野球】「命だけじゃない。野球人生も救われた」 元阪神・原口文仁が初めて知った手術中の真実と医師の決断 (3ページ目)

  • 長谷川晶一●文 text by Shoichi Hasegawa

── シビアな闘病を経て、現役も引退されました。あの闘病期間は、現在の原口さんにとってどのような意味を持っていますか。病気の前と後での一番の大きな違いは?

原口 病気をする前は、自分がどう活躍して一軍に上がるか、結果を残すためだけに生活していました。でも病気を経験した後は、まず「生きていることの尊さやありがたさ」を実感し、人はひとりでは生きていけないのだと、周囲のサポートに深く感謝するようになりました。普通の生活を送れること自体が本当に幸せなことなんだと、価値観が大きく変わりました。復帰した年に、僕が円陣で言った「人生を幸せにするコツは小さな幸せを見つけること」という言葉も、この経験があったからこそ自然と出てきたものだと思います。

【横田慎太郎氏との約束】

── 本のなかで、同じ時期に闘病生活を送り、2023年に脳腫瘍のために惜しくも亡くなった横田慎太郎さんと「ふたりで一軍のお立ち台に立とう」と約束したエピソードは胸を打ちます。

原口 ヨコ(横田慎太郎)のことは、僕だけでなくチームのみんなが大好きで、全員でサポートしていました。お互いに病気をして復帰を目指すなかで、かつての鳴尾浜球場の小さなリハビリ室で一緒に横になりながら、それぞれのトレーニングに励んでいました。彼の懸命な姿をすぐ近くで見ていたからこそ、「ふたりでお立ち台に立とう、頑張ろう」と声をかけ合いました。それが僕にとって大きな心の支えであり、原動力になっていました。

── 2023年9月14日のリーグ優勝の際、岩崎優投手が横田さんの登場曲をかけてマウンドに上がりました。本書には「ヨコとの約束が頭をよぎった」とありました。

原口 ヨコも一度は病気を克服し、引退してからも講演活動などの社会貢献活動を本当に大切に頑張っていました。だからこそ、ザキ(岩崎優)があの曲をかけた瞬間に「絶対に勝てる」と思いました。ヨコが亡くなった年にチームが優勝したことには、何か不思議なパワーのようなものを感じずにはいられませんでした。

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