【高校野球】選抜優勝の立役者・川本晴大離脱の激震 だからこそ負けられない大阪桐蔭の夏が始まる
7月4日、京セラドーム大阪で153チームが参加する開会式が行なわれ、甲子園をかけた大阪の夏が幕を開けた。胸が高鳴る一方で、今年はどこか落ち着かない気持ちもあった。
今春の選抜大会で圧巻の投球を披露した大阪桐蔭の2年生左腕・川本晴大 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【各メディアに届いた一通のメール】
開会式前日の昼過ぎ、大会を主催する朝日新聞社の担当者から各メディアへ登録選手変更を知らせるメールが届いた。そこには大阪桐蔭の新登録選手・古田龍駕(2年)と、抹消選手・川本晴大(2年)の名前が記されていた(書面の日付は6月30日)。
選抜優勝の立役者であり、この夏の主役のひとりと見られていた川本が、大会直前に登録を抹消された──。メールを受け取ってから約3時間後、川本離脱のニュースは一気に広がった。さまざまな憶測も飛び交ったが、理由は左肩のコンディション不良だった。
チームにとってはまさに激震。それと同時に、大阪桐蔭との対戦を見据えてきたライバル校の監督や選手たちのことも頭をよぎり、開幕直前から何とも言えない、もやもやした気持ちが込み上げてきた。
メールが届く前の6月27日、大阪桐蔭では夏の大会を前に恒例のメディア取材日が設けられていた。本来なら創志学園(岡山)との練習試合後に取材が行なわれる予定だったが、前日からの雨で試合は中止。選手たちは朝から室内練習場などで汗を流し、その合間に監督や選手がひとりずつ報道陣の取材に応じた。そして川本は吉岡貫介に続く2番手として、記者たちに囲まれていた。
マウンドでは感情を前面に出す川本だが、普段は小さな声で訥々(とつとつ)と話すタイプだ。記者から「最近の練習試合では投げていますか」と聞かれると、「富山の招待試合です」と回答。富山商を相手に4安打完封、11奪三振(本人の記憶)、108球の好投だったと振り返った。
この試合はネットニュースで目にしていたが、あとで確認すると登板日は6月13日。つまり川本は、「最近投げた試合」として2週間前の登板を挙げていたことになる。
その後は、翌週の秋田での招待試合や、4日前の報徳学園との練習試合でも登板していない。夏を目前にした主力投手が2週間も実戦から遠ざかっているとなれば、順調とは言い難い。川本は、すでに自ら"異変"を示唆していたのだが、そのサインを見逃してしまっていた。
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著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。














