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【WBC 2026】「今年ダメなら野球をやめる」 引退を本気で考えた藤平尚真が侍ジャパンにたどり着くまで (2ページ目)

  • 中島大輔●文 text by Daisuke Nakajima

【エリート街道から一転、プロの壁に直面】

 藤平が引退を覚悟したのは、2023年シーズンが始まる頃だった。

「今年ダメだったら、野球をやめようと思っていました。本当に野球をやめたあとの準備もしていたので、『ああ、もう今年で終わりなんだな』と思っていました」

 藤平は、小学6年生でロッテジュニアに選抜され、NPB12球団ジュニアトーナメントで優勝。中学時代はU−15日本代表に選ばれ、名門・横浜高校に進学。3年夏の甲子園に出場し好投。U−18日本代表に選出されると、2016年ドラフト1位で楽天に入団した。

 プロ入りまではエリート街道を歩んできた藤平だったが、楽天入団後は期待どおりの活躍を見せられなかった。2021年オフには背番号が19から46に変更。中継ぎとして開幕一軍入りを果たした2022年も結果を残せず、開幕ローテーション入りした2023年も11試合の登板で防御率4.44に終わった。

 当時、プロ7年目を終えた25歳。ドラフト1位の選手が野球人生を終えるには早すぎるようにも思えるが、近年のNPB球団は戦力外通告までの期間が短くなっている傾向がある。藤平は本気で、自らの身の振り方を考えていた。

「野球をやめたら収入がなくなりますから、自分に何ができるのかを考えました。野球を教える仕事もありますし、ほかにも興味のある分野があったので、そういった勉強もしていました。資格を取るための勉強もしていました」

 弁護士や公認会計士へと華麗な転身を遂げた元プロ野球選手もいる。現役中に宅地建物取引士の資格を取得した津留崎大成(楽天)の例もある。かつては移動中のバスや試合前のロッカールームで勉強していると、「何を勉強しているんだ。野球に集中しろ」と先輩に言われたというが、時代は変わった。

【転機は今江監督就任と中継ぎ転向】

 野球をやめたあとの人生は長い。戦力外通告の可能性が頭をよぎるなか、藤平はセカンドキャリアを具体的に思い描いていた。

「高校の同級生に、野球のマネジメントや代理人をやりたいと言っているヤツがいて。それで『一緒にやっていこう』と話をしたこともありました。ただ、運よくここ(=2026年WBC日本代表)まで来ることができたので、まずはやれるところまでやりたいと思っています」

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