【プロ野球】WBC日本代表・宮城大弥が父と叶えた恩返し「夢をあきらめざるを得ない子どもたちを少しでも減らせたら」 (2ページ目)
【プロ入りする息子に伝えたこと】
中学卒業を控えた宮城のもとには、全国の強豪校からオファーが届いた。しかし、「愛する故郷の沖縄を背負って野球に取り組んでほしい」という父の強い気持ちを汲み、県内の強豪校である興南高校に進学した。
公演を行なった時の亨氏 photo by Junichi Shiratoriこの記事に関連する写真を見る
入学して間もない2017年7月には、1年生ながら沖縄県大会決勝で公式戦初マウンドに上がる。そこで完投勝利を挙げ、チームの甲子園出場に貢献した。夢の舞台では、初戦で智弁和歌山の前に屈し、涙に暮れた。
翌年も宮城は、エースとしてチームを2年連続の甲子園に導く。そして迎えた最後の夏は、県大会の決勝で沖縄尚学と対戦。延長13回、宮城が投げた228球目が押し出し四球となり、7対8で敗退した。
3年連続の甲子園出場は叶わなかったが、最速149キロの速球と切れ味鋭いスライダーを操るサウスポーとして力が認められ、U-18日本代表に選出された。佐々木朗希(ドジャース)、奥川恭伸(ヤクルト)らと「U-18ワールドカップ」を戦い、3試合に登板して防御率1.04という成績だった。
そして宮城は2019年のドラフト会議で、オリックスからドラフト1位を受けて入団。2年目の2021年に13勝を挙げて新人王を手にすると、チームのリーグ優勝にも貢献した。その年から3年連続2桁勝利をマークするなど活躍を続けている。
「僕は大弥に、『自分で自分のことをすごいと思ってしまったら、そこからのレベルアップは臨めない。どんな時も向上心を持ち続けなければならない』と伝えたことがあるんです。ダルビッシュ有投手(パドレス)も、ベテランと呼ばれる年齢に差しかかっても、変わらずにレベルアップを続けていますよね。
大谷翔平選手(ドジャース)や、大弥もオリックスで一緒にプレーした山本由伸投手(ドジャース)なども、コンディションの良し悪しに関わらず安定したピッチングでチームの勝利に貢献できている。これからも地道な努力を続けて、ベテランと呼ばれる30代に差し掛かった頃に、『大弥の理想の投球を見つけてもらいたい』との思いで、活躍を見守っています」
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