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【WBC】絶対に負けられない戦いの裏側 与田剛が回想する "原ジャパン"のブルペンで見た投手たちの熱量 (2ページ目)

  • 木村公一●文 text by Kimura Koichi

 招集された投手は先発タイプが多く、リリーフ専門は馬原孝浩、山口鉄也、藤川の3人だけだった。

 しかし、今でこそセオリーのように語られるこのWBC独特の分業制も、当時の代表選手たちにとっては複雑なものだった。

 与田は言う。

「誰も口にはしませんが、第二先発を命じられる側からすれば、『なぜオレが第一先発じゃないんだ』と思う投手もいたはずです。チームに戻れば、誰もがバリバリのエースなのですから」

【ベンチの焦りを投手陣に伝えてはいけない】

 大会終盤、原は冗談めかして山田と与田にこんなことを漏らしたという。

「内海、もう少し投げさせてやりたかったな」

 そこまで内海哲也は、第2ラウンドの韓国戦に先発し、3回途中まで投げたのみの1試合だけの登板だった。原は苦笑しつつ、こう続けた。

「内海も巨人のエースなんだからね」

 誰もがシステムとしての分業を理解しつつも、まだ心が追いついていなかった。与田が反省をこめて語る。

「コーチとして、あの子たちの気持ちをどれだけ察しながらチームを運営できていたのか。今振り返れば、足りないことだらけでした。僕の未熟な部分を選手たちがフォローしてくれたからこそ、勝てたのだと思います」

 そして与田はこう続けた。

「シーズンの公式戦もそうですが、ブルペンという場所は、グラウンドとはまた別の空気が流れるところなんです」

 グラウンドで緊迫した展開が続く最中でも、ブルペンにはどこか"他人事"のような、肩の力が抜けた空気が漂っているという。緊張するのは、自分の出番が回ってきた時だけでいいというのが与田の持論だ。

「それはWBCでも同じでした。あの時、最年少だったマー君(田中将大)が、涌井(秀章)ら年上の選手にいじられたり、ピンチの場面でもグラウンドコートを着た選手同士でじゃれ合ったりしていました」

 そんな若い投手たちを眺めながら、与田はマウンド上の投手の球数をカウンターで数え、次に登板する予定の投手へ指示を送る。

「ベンチは、不安から常に誰かをつくっておいてほしいと願うわけです。でも、その焦りを投手陣に伝えてはいけないし、悟られてもいけない」

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