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【WBC2026】「悩め、悩め、たくさん悩め」 千賀滉大の金言が種市篤暉を侍ジャパンの若きエース候補へと変えた

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro

 種市篤暉(ロッテ)は、2023年の前回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパンの予備登録でサポートメンバーに選ばれ、日の丸のユニフォームに袖を通した。

 本大会直前に京セラドームで行なわれたオリックスとの強化試合に先発すると、4回を48球でまとめ、無安打無失点の快投を演じた。

 この時、種市は「背番号41」のユニフォームで投げていた。そのことについて連絡を取ると、「千賀さんのを付けさせていただきました」と文末にピースサインの絵文字付きで返信がきた。

好調な仕上がりを見せている種市篤暉 photo by Sankei Visual好調な仕上がりを見せている種市篤暉 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【千賀滉大に弟子入りを直訴】

 種市と千賀滉大(メッツ)の師弟関係は、もう随分と長い。

 青森で生まれ育ち、八戸工大一高から2016年にドラフト6位でロッテに入団。決して前評判が高かったわけではない。それでもプロ2年目の8月に先発で一軍デビューを果たすと、同年は7試合に先発した。

 成績は0勝4敗、防御率6.10。数字だけを見ればプロの高い壁を痛感させられるものだったが、それでもドラフト下位で入団した高卒投手が2年目にして、短期間とはいえ先発ローテーションをまかされた意義は大きい。及第点と見る向きも少なくなかった。

 しかし、種市本人は危機感しかなかったという。

 そこで種市は、同じタイプの投手として憧れを抱いていた千賀に教えを乞おうと考えた。チームの先輩投手である石川歩が千賀と交流があると知るや、頼み込んで連絡先を教えてもらい、"弟子入り"を直訴。それがすべての始まりだった。

 2019年1月、福岡・久留米でともに練習を行なった。千賀が師事するアスリートコンサルタントの鴻江寿治氏が主宰する合宿に参加。初日にキャッチボールをすると、「たった2、3球投げただけで、僕の欠点を見抜かれました」と種市は目を丸くした。千賀から、左肩の開きが早いことを指摘されたのだった。

 その年の4月29日、楽天戦に先発してプロ初勝利をマーク。以降は先発ローテーションに定着し、26試合(17先発)に登板。116回2/3を投げて、8勝2敗、防御率3.24、135奪三振と、ブレイクを果たす。

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著者プロフィール

  • 田尻耕太郎

    田尻耕太郎 (たじり・こうたろう)

    1978年生まれ、熊本市出身。 法政大学で「スポーツ法政新聞」に所属。 卒業後に『月刊ホークス』の編集記者となり、2004年8月に独立。 九州・福岡を拠点に、ホークスを中心に取材活動を続け、雑誌媒体などに執筆している。

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