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【プロ野球】江川卓はなぜ怪物だったのか? 同級生・遠藤一彦に明かした「170キロは出ていた」の真相 (4ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 最多勝2回、最多奪三振3回、沢村賞1回を獲得し、通算134勝を挙げるなど80年代を代表する投手の遠藤でさえも、江川に比べたら「自分なんか......」と卑下するような発言を繰り返す。しかも悔しさを見せることもなく、当たり前のように言い放つのだ。

 江川と同時代を生きた野球人が口を揃えて語る、数字以上に底知れないポテンシャルのすごさとは、いったい何だったのか。キレ味鋭いフォークボールを武器とした遠藤ならば、あの江川にかけられた隠されたベールを剥がしてくれるのではないか。そんな期待を背負いながら、ヒリヒリとした対談の収録は1時間以上にわたって行なわれた。

つづく>>

江川卓(えがわ・すぐる)/1955年5月25日生まれ。福島県出身。作新学院1年時に栃木大会で完全試合を達成。3年時の73年には春夏連続甲子園出場を果たす。この年のドラフトで阪急から1位指名されるも、法政大に進学。大学では東京六大学歴代2位の通算47勝をマーク。77年のドラフトでクラウンから1位指名されるも拒否し、南カリフォルニア大に留学。78年、「空白の1日」をついて巨人と契約する"江川騒動"が勃発。最終的に、同年のドラフトで江川を1位指名した阪神と巨人・小林繁とのトレードを成立させ巨人に入団。プロ入り後は最多勝2回(80年、81年)、最優秀防御率1回(81年)、MVP1回(81年)など巨人のエースとして活躍。87年の現役引退後は解説者として長きにわたり活躍している

遠藤一彦(えんどう・かずひこ)/1955年4月12日生まれ。福島県出身。学法石川高から東海大に進み、首都大学リーグで通算28勝をマーク。77年、ドラフト3位で大洋(現・DeNA)に入団。プロ2年目の79年に12勝8セーブで頭角を現すと、82年から6年連続2ケタ勝利。83年に最多勝、沢村賞を獲得し、翌84年も最多勝。87年にアキレス腱断裂の大ケガを負うが、90年に6勝21セーブでカムバック賞を受賞。92年に現役引退。通算成績は134勝128敗58セーブ。97年から2003年まで横浜の二軍投手コーチ、一軍投手コーチを務めた

令和に蘇る怪物・江川卓の真実。
光と影に彩られた軌跡をたどる評伝が刊行!!

『怪物 江川卓伝』 (著・松永多佳倫)
2025年11月26日(水)発売

作新学院高校時代から「怪物」と称され、法政大学での活躍、そして世紀のドラフト騒動「空白の一日」を経て巨人入り。つねに野球界の話題の中心にいて、短くも濃密なキャリアを送った江川卓。その圧倒的なピッチングは、彼自身だけでなく、共に戦った仲間や対峙したライバルたちの人生までも変えていった。昭和から令和へと受け継がれる"江川神話"の実像に迫る!

内容

はじめに

第一章 高校・大学・アメリカ留学編 1971〜1978年

伝説のはじまり/遠い聖地/怪物覚醒/甲子園デビュー/魂のエース・佃正樹の生涯/不協和音/最強の控え投手/江川からホームランを打った男/雨中の死闘/江川に勝った男/神宮デビュー/理不尽なしごき/黄金時代到来/有終の美/空白の一日

第二章 プロ野球編 1979〜1987年

証言者:新浦壽夫/髙代延博/掛布雅之/遠藤一彦/豊田誠佑/広岡達朗/中尾孝義/小早川毅彦/中畑清/西本聖/江夏豊

おわりに

著者プロフィール

  • 松永多佳倫

    松永多佳倫 (まつなが・たかりん)

    1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。

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